最初は皆、一緒になって川に入り粗大ゴミを運んでいたのだが、ゴミ拾いを始めて二時間もした頃には役割分担が出来ていた。といのじろうが中で直接大きなゴミを拾って川辺に揚げ、スズリがそれを細かく分別する。各自が仕事を振り分ける事で、スピードは格段に速くなった。
 が、木ノ葉大川は広く浅い川で、日が沈む頃になってもゴミはなくならなかった。三人とも汗だくで、有害な臭いを嗅がないようにとトオル先生が貸してくれた口布は、汗で重たくなっていた。
「んー……まあお前らよくやったよ。俺の想像以上だった」
 日が沈みだした頃に先生はそう言って、続きは明日に回すようにと言った。
 もスズリも、一番文句を言いそうないのじろうも、この果てのない作業をまた明日もやるのかと心の中で思ったが、誰も口には出さなかった。全員が疲れ切っていたのだ。解散の号令が掛かった後、三人は特に誰に挨拶するでもなく、別れを告げるとすぐに帰路についた。


   木ノ葉大川


、下忍になって、初めての任務はどうだ? 大変だったか?」
 鮭を咀嚼しながらそう尋ねたシビさんは、他に何を言うでもなく、唐突にそう聞いた。が口を開く前にゲホゲホと咽せ込む音がして、目の前に居るシノが、気管に味噌汁を入れてしまった事が解った。
「……親父!」漸くして落ち着いたシノが、スネたように言う。
「それは俺が聞こうと思っていた」
「馬鹿者、こういう物は早い者勝ちというんだ」
 二人の親子が言い争う中、は口を挿む事が出来なかった。

 目の前にいる少年、油女シノはの幼馴染みだった。
 油女家には一族の関係上昔から世話になっており、父親同士の仲が良かった事も相俟って、一族の中でも年少だった二人はよく一緒に遊んで過ごした。はシノの事を弟のように思っていたし、シノの方もの事を兄のように慕っているらしく、周りからは本当の兄弟のようだとよく言われた。が目が見えないことを知っている唯一のアカデミー生が、このシノというわけだ。
 一族の関係というのは、植物の栽培を生業にしてきた一族が、油女一族の手を借りる事が多々あるという事だ。油女一族は奇壊蟲を操る血族だった。一族はその蟲達の助けを得て草木を受粉させたり、元ある毒性を更に強めたりする。植物の遺伝子組み換えや交配を行うに当たって、油女一族は欠かせない存在だった。
 代わりにからは、彼らの一族になくてはならない薬を提供する。奇壊蟲に自らの体を提供する油女一族は、まず蟲に慣れる体を作らなくてはならないし、無事に寄生させた後もチャクラ切れや体感温度など、さまざまな物に気を付けなければならない。それを可能にするのが、一族が独自に調合した薬というわけだ。

 毎週日曜日の夕食は、こうして油女家にお世話になる事が、昔からの習慣だった。はシノ達二人がああでもないこうでもないと言っている声をボーっと聞きながら、今日が日曜日であった事を思い出した。中断すると舐められているみたいで癪だから、と満場一致で木ノ葉大川のゴミ拾いの任務は毎日続けられており、今日も朝から任務に励んでいた為、どうにも曜日の感覚が鈍っていた。が下忍になってから、とうに四日が過ぎていた。
 前に座っている二人は、「みっともないから止めなさい!」と怒られるまで言い争っていた。似た者親子だ。見たわけではないが、お揃いのように二人してサングラスを掛けているそうで、実に仲の良い二人だとは思う。
君、大丈夫? 青菜のお浸しはここにあるわ。それから、ご飯のおかわりはいる?」
 箸が固まっていたのを見てか、シノの母親がそう声を掛けた。
 は首を振って礼を言った。それからは、此方を向いていたシノにアカデミーはどうかと尋ね、自分の話題は有耶無耶にした。一度目の任務がまだ終わっていないのだとは、何故だか言えなかった。
 シノは今日の授業の事や先日の校外演習について饒舌に喋り出し、はそれに相槌を打った。そんな様子をシビがじっと観察していた事など、は気が付かなかった。


 朝の八時半、第四班は再び木ノ葉大川の中橋に集まり、任務を続行した。努力の甲斐あって、粗大ゴミと呼べるような大きなゴミは殆ど無くなっていた。今は専ら、両手で抱えきれるような物を拾っている。
 捨てられていた物は実に多種多様で、錆び付いてハンドルも無くなっている自転車や、箱形のテレビなどといった家電製品もあった。驚いたのが、此処まで持ってくる事自体が面倒だろうという代物も数多くあった事だ。が持ち上げようとして、何処か引っ掛かっているのかなかなか持ち上がらなかったそれは、実はキングサイズのベッドだった。
 先生が貸してくれた布を付けていると多少はマシだが、やはりまだ漂ってくる悪臭に、鼻がどうにかなってしまっている。それでも汗水垂らしながらはチャクラを飛ばし続け、反応が大きく返ってきた物体を拾い続けていた。しかしどうも、のそのやり方は効率が悪いらしかった。
「てめーもうちっと丁寧に拾えねーのか、コラ!」
 後ろからいのじろうの声がして、は振り返った。別に彼の方を向こうと向かまいと、目の見えていないには関係ないのだが、そうしないと「シカトか!」と言われる事が解りきっていたのだ。
「キレイにしよーって気がねーのかよてめーは! あっちこっち小っせーのが残ってるだろーが!」
「……別に良いだろ。気になるならいのじろうが拾ったらどうだ」
「お、おまえええ!」
 二人がギリギリと睨み合っていると、川岸からトオルが声を掛けた。
「いのじろう、、お前らくっちゃべってる暇があったらさっさと手を動かしやがれ、手を」
「だって先生、こいつが!」
「男がだってとか言うんじゃねえよ」冷たく先生が言い放つと、いのじろうはそれきり黙り込んだ。
もだ。お前もいのじろうの言う通り、もうちょい丁寧にやれ。そんくらいは出来るだろうが、ああ?」
「……ハイ」
 納得が行かず、それでもどうしようもなかった為、は渋々返事をした。近くまで寄ってきていたスズリが、ほっとしたように溜息を零したのが聞こえた。

 暫くは何事もなく、ただ時間だけが過ぎていったが、三人の作業ペースが段々と落ちてきていた。トオル先生に指摘されるまでもなく、自身拾えきれていないゴミがある事は解っていたし、疲れが出ていた。いのじろうとスズリの二人も、自分達の作業が遅くなっている自覚はあっただろう。
 確かに三人とも、何日も続けて同じ事をしていた為に、ゴミを拾うという作業自体には慣れは出てきていた。汗と一緒に前髪が目に入らないよう額当てをバンダナのように頭に巻き、顔の下半分には鼻と口を覆うようにして布きれが当てられている。その姿で黙々と川に入り廃棄物を拾い上げる様は、まさしく清掃のプロだ。
 しかし足元を流れる浅瀬に体力を削られる上、何度も低く屈み、その度に川と岸辺を往復するのは、なかなか骨の折れる作業だった。足元を流れる水に体力を削られ、ゴミの量が半端じゃない為に行き来する回数も半端ではない。昼の食休みを挿んで再開し、暫くした後は、なんかはゴミと川に沈む石との区別ができなくなっていた。その間違いにが気付くのは、実際に物に触ってからだ。そしてこの時にまた屈む。
「まー……頑張ったかな、こいつらも」
 トオルがぽつりと呟いたそれは、既に体力も集中力も使い果たしていた下忍三人には、拾われる事はなかった。トオルの見立てでは、彼らは毎晩筋肉痛に魘されているし、今彼らが動いているのも気力によるものだ。見上げた根性だとは思うが、だからといって休憩時間を設けてやったり、任務を中断させてやるような優しさは、かつて透遁忍術で各国へ名を馳せていた忍は持ち合わせていなかった。

「おおーいお前ら、ペース落ちてるぞー」
 木陰に座っているだけのトオル先生は、再びそう野次を飛ばした。律儀にも毎回毎回、過剰な反応を返していたいのじろうも、そろそろ返事をする余裕さえなくなってきたのか、何も言わなかった。も先生の方を向くでもなく、ただ瞼に垂れた汗を拭った。
「良いかお前ら、耳だけコッチ向けとけ」他の二人はどうだかは知らないが、取り敢えずは黙々と作業を続けながらも、言われた通り先生の話に耳だけは傾けた。「お前らはこの間、下忍になった。木ノ葉の立派な忍だ。だからこそ今そうして、辛い任務に励んでる。初代火影様だって、そうして汗水垂らして働いてらっしゃったろうよ」
 それは嘘だ、といのじろうは心中で突っ込む。初代火影が川に入ってゴミ拾いだなんて信じられない。というより想像したくない。そんな事をしててみろ、全里民が泣く。声に出さなかったのは、心底疲れ切っていたからだ。
「だが、ただ辛いと思うな。辛いことの全部を自分に課された修行と思え。そうやって水の中に入ってれば、悪条件下での戦闘訓練になる。何度も屈んで行き来してりゃ、良い全身運動になるし、下手な筋トレよりよっぽど体力が付く。昔から、若い時の苦労は買ってでもしろって言うくらいだ。全部が自分の為になると思って、改めて向き合ってみろ」
 第四班の面々がトオル先生の言葉に感銘を受け、今まで以上に木ノ葉大川の清掃に力を入れたかはどうかは定かではないが、達の初任務はその日無事に終わりを告げた。類い希なる疲労感を皆に残して。


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