「何ダ」
「どうかしたの、デイダラ?」
「いや……別に何でもねェよ、うん」

 右と左、どちらの人格のゼツも、不思議そうな顔をしてはいたものの、一度ずつ聞いたきり興味を無くしたようだった。
 デイダラは再度、横目で彼を盗み見た。彼は暁の中で比べても基本的に穏やかな気性をしているが、彼のコートの襟口から飛び出ている植物の葉のような物によって、発されている威圧感は半端なものではない。顔が白と黒に別れているのも、此方の恐怖感を増長させる要因の一つの筈だ。もっとも、彼とて掌に口のある人間に言われたくないかもしれないが。
 が彼に好意を寄せる訳が、全く解らない。


 ゼツが暁に居るから自分も暁に居るのだ、そう言い切った時のの表情は、それこそ目に見えて変化があったわけではないものの、察しが壊滅的に悪い輩以外なら、色恋沙汰だと解るようなものだった。
 他の男に好意を持っている女を振り向かせる事ほど、達成感のあるものはないのではないか? そう開き直ったデイダラは、と顔を合わす度に口説くようになっていた。デイダラが思うに、彼女も満更ではないようではあった。が、彼女以上に相方のサソリが難色を示していた。彼が必要以上にを警戒している理由をデイダラは知らなかったし、彼は結局何も言ってこなかったので、知らぬ振り気付かぬ振りを通した。
「オイラの女になれよ、うん」
 デイダラは彼女に会った際、決まり文句のようにそう言っていたが、は首を縦に振らなかった。デイダラ自身、頑なな彼女と接する事がアジトへ帰る楽しみになってきていた。「最初は友達からってのが常套だ。ならオイラ達の場合、最初は主従からか? オイラの部下になれよ、なあ、?」
 デイダラが何を言っても、は是という返事を返さなかった。

 開けっ広げにを口説き始めたデイダラを見て、周りの面々は馬鹿な事をと嘲っていた。S級犯罪者が何をしているのかと言っているのか、それとも相手がだからなのかは解らなかった。しかしそれすらデイダラは無視を決め込んで、彼女の気を惹く事だけに専念した。
 デイダラがに関わる事にいい顔をしなかったサソリは、数日前に木ノ葉の連中にやられてしまった。新しくツーマンセルの相手となったトビは、先輩と後輩という間柄あってか我関せずといった調子だったので、実際デイダラは自由にの所へと通っていた。もっとも、彼女と接して解った事は、彼女がゼツを妄信的に慕っているという事だけだったが。


 一体この人間かも解らないような、鉄面皮の男のどこが良いのかと、デイダラは憮然とした表情でゼツを見続けていたが、再び彼と視線が交わった。彼の無言の圧力に、デイダラは仕方なく口を開いた。

「いやな、アンタ一体とどういう関係なのかと思ってな、うん」
「……関係だって?」

 聞き返したゼツは、ふと顔を背け、何か考える素振りをした後、まっすぐデイダラの方へと歩いてきた。此方が椅子に腰掛けている分、大柄な彼が歩く姿は壁が移動しているように思えた。

「ソンナ事、知ッテドウスル?」
「関係ねえ……。デイダラ、最近やけにに構ってるみたいじゃない」
「アイツニ惚レタカ」

 デイダラが何も答えないでいると、どうやらゼツは肯定の意に取ったらしかった。
 の事は勿論だが、デイダラはこの得体の知れない同僚がどう反応するのかにも興味があった。ゼツとは今まで、会話すらろくにした事がない。自分の唯一の部下が誑かされていると知り、彼がどういう行動を起こすのかを観察するのは実に興味深い。しかしデイダラの予想し、期待していた展開にはならなかった。ゼツはこれといって、表情すらも変えなかった。

「マア、ソンナ事ダロウトハ思ッテイタ」

 黒い方のゼツはそう言うと、まるでデイダラが全く見当違いの事を言ったかのように、馬鹿にした笑いを浮かべた。そしてふと黙りこくる。デイダラは、再び話し始めた彼ではなく、白い方のゼツが自分をギラギラとした目で睨み付けている事に気が付いた。


「デイダラ、仲間トシテ一ツ忠告シテオイテヤル。俺ハオ前ガアノ女トドウナロウト、知ッタ事ジャナイ。俺ハ理性的ダカラナ。タダ、モシオ前ガニ手ヲ出シテ、アイツガ傷付ク事ガアレバ、コイツガオ前ヲ生カシテオカナイカモシレナイ」


 何でもない事のように、彼は言った。

「……それだと、俺が全く考え無しみたいに聞こえるんだけど」
「本当ノ事ダロウ。里デアイツノ面倒ヲ見テイタノハ誰ダ? ソレニ、暁ニマデ引ッ張リ込ンデ来ヤガッテ」
「お前だって反対しなかったじゃないか」
「黙レ。ソレトコレトハ話ガ別ダ」

 ええー……と不満げに、白いゼツは言った。
 デイダラは暫く考え込んでいたが、彼に尋ねた。少しだけ口角を上げ、探るように。真っ直ぐと彼を見上げて、挑発するように。ゼツの顔に、一瞬苛立ちの色が浮かんだ。が、すぐに表情を変えてみせる。しかしそれはもはやデイダラにとって、自分の疑問を確信に変えるものにしかならなかった。


「左の旦那、がオイラの女になったらどうする? がオイラだけを見て、オイラだけに笑って、オイラだけを呼んだら? アンタはオイラを殺すかい? 自分だけを見て欲しかった、自分だけに笑って欲しかった、自分だけを呼んで欲しかった、そう嘆くかい?」
「――……さあ?」

「試したいなら試せば? がそれを選ぶなら、俺は何も言わないよ。ただ一つ言っておくと、口は物を言う為のだけのものではないって事だよね」


「馬鹿馬鹿シイ」と、黒いゼツが呟いたのがデイダラにも聞こえた。
 彼がデイダラと自分の半身、どちらに対して言ったのかは解らなかった。両方かもしれなかった。ゼツは興味を無くしたのか、デイダラに背を向け、そのまま立ち去っていった。デイダラも、やがて徐に立ち上がる。
 何だ、アレ。独占欲の塊じゃないか。
 デイダラは喉の奥で小さくククと笑う。知りたかった事が解ったわけではないが、これで十分だ。――自分との間に入れる訳がないのに、馬鹿馬鹿しい。大方こんな所だろう。彼らはどちらもゼツその人であるのだ。しかし一人だろうと二人だろうと、デイダラには関係がなかった。
 障害は多ければ多いほど良いのだ。



 デイダラとトビは、昨日から北のアジトに留まっていた。リーダーから連絡が入っていたからだ。二尾を封印するのだという。デイダラの腕を元通りに動くようにしてくれた角都、その相方、飛段のターゲットだった筈だ。指輪さえ持っていればペインの幻灯身の術は発動するから、別に此処に居なくても良いのだが、たまたまの居るアジトだった為に、デイダラはそのまま居続けていた。

「あ、そー言えば。デイダラ先輩、聞きました?」

 トビという男はデイダラが反応を返そうと返さまいと、めげずに一人で喋り続けた。
 デイダラ自身、元来は寡黙な人間ではなかったし、誰かと一緒に過ごすなら楽しくしている方が良いと考えている。が、それまで一緒に組んでいたサソリは口数の少ない男だったし、お互いに興味がなかったから、芸術についてああだこうだと言葉をかわし合う時以外、ひどく静かな時を過ごしていた。
 だからこうして喧しくされると、いい加減デイダラもウンザリしてくるというものだ。しかもこの男、解ってやっているのかそうでないのか、どちらにしても癪に障る物言いをしてくる。トビは人を苛立たせる天才だった。
 デイダラは普段彼を無視する事が多かったが、今回は思わず言葉を返してしまった。

さんの事なんですけどね」
「……がどうしたって?」

 昼間話し掛けても、どこか上の空だった。そして先程、何やらいつもと違う様子でやって来たゼツ。デイダラが彼に話し掛けても、ゼツはうんともすんとも言わなかった。それ以前に、此方に気付いてもいなかったようにも思えた。
 彼らが今このアジトで何をしているのか、デイダラは想像したくなかった。

「アハハ! デイダラさんがあの女に懸想してるってホントだったんですね!」
「……てめえコラトビ! 何が言いてーんだ、うん!」

 デイダラが彼の方を振り返って怒鳴る。が、トビは一人笑い続けた。
 おかしくてたまらないという風に。

「やだなあ先輩、忍の三禁ってアカデミーで習わなかったんすか?」

「酒は駄目、金は駄目、女は駄目。あ、これで行くと角都さんも駄目っすね。アハハ!」
「……何が言いたいんだ、うん」
さんなんか構ってたら、駄目ですよ。惚れたの腫れたの言ってても、僕達は忍じゃないっすか。任務を遂行するだけに生きてる人間。それ以上でも以下でもいけない、ただの忍なんっすよ。それを一人の女に入れ込んだりしたら……別れる時が辛くなっちゃうっすよ」

 デイダラはトビの方を睨み続けていたが、如何せん彼の顔は橙色をした気味の悪い面で覆われている。右目の部分に穴は空いているから此方の様子は見えているのだろうが、デイダラから彼の表情を伺う事はできない。

「愛別離苦、愛する者と別離する事が一番苦しい。昔から言うでしょ。わざわざ苦しむ原因作る事ないじゃないっすか」
「んな事知ってる。だがそれがてめえに何の関係があるってんだ? 人間は誰でも、その内死ぬもんだろ、うん。早いか遅いかの違いだけだ」
「……あららー、本気なんですね、先輩」
「……トビ?」

 まあ別に、とトビは言った。

「僕はあの女大嫌いなんで、どうだって良いんですけどね」

「少しは抗う事をしてみれば良いのに自分から目を背けて。僕そういうの、すっごく嫌いなんですよねー。嫌だ嫌だと言ったって、咎める人なんて誰も居ないのに。そのくせ縋る事はしているのだから質が悪い。……ま、馬鹿じゃないって事なんでしょうけど」

 デイダラが口を挿む前に、トビはそう言い切った。デイダラが彼の言った事を咀嚼し、そして口を開こうとした時、部屋の戸が開いた者が居た。ゼツだった。


「……ゼツ?」
「サッキカラ招集ガカカッテルゾ」

 トビが言っていた事を聞いていたのか聞こえていたのか、それともまるで聞いていなかったのか、ゼツはただ一言そう言っただけだった。ハーイ、と、元気な返事を返したトビは立ち上がる。

「……はどうしたんだい、うん?」
「外ニ出テルガ、ソレガドウシタ」
「いや……別に」

 ゼツが一瞬だけ、視線をトビの方に向けた。しかしながら、彼の目は喜んでいるでも怒っているでもなく、ただ無表情だった。無関心、彼の目はそれだけをデイダラに伝えた。
 外に出てるだなんて、初めて聞いた。言われてみれば、がこのアジト外に居る事など初めてなのではないだろうか。

「心配しなくても大丈夫だよ、デイダラ」

はちゃんと解ってる。自分が何をしなくちゃいけないのか、何をしちゃいけないのか。それに、が帰ってくるのは僕らの所しか有り得ないからね」
「……しなくちゃいけない?」
「五月蠅イゾ。招集ガカカッテルト言ッタ筈ダ。サッサト行カナイト、リーダーニ怒ラレルゾ」

 ゼツの一言に、デイダラはいつだったか、リーダーとが話している事があった事を思い出したが、黒いゼツが遮った為、それで会話はお終いになった。先程まで饒舌に話していたトビは、今はすっかり黙り込んでしまっている。
 と、思ったら口を開いた。

「それって、さんがゼツさんに愛想尽かしたら終わりじゃないっすか」
「有り得ないね」
「……トビ、心配シテルノカ?」
「やっぱりトビは良い子だね」


 ほんの小さく、ゼツが笑い声を上げた。
 デイダラは結局の所、トビが何を言わんとしていたのか解らなかったし、ゼツの表情を窺い見る事もできなかった。よくよく考えてみれば、彼の表情をじっくり見ようと思うならば、まずその葉をどかしてもらわねばならない。デイダラは、自分が彼と話している時、いつもあの大きな葉が閉じかけの状態だった事に、今漸く気が付いた。


別れることは難しく

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