戦力を有しない小国の為の、戦争請負組織。それが暁だった。
 その暁には、正直なところ、よく解らない連中が集まっていた。統一性がないのだ。生まれ故郷も違うし、年齢だって違う。もっともリーダーと小南は同郷の出らしいが、それは稀なケースだと言える。所属している理由も様々で、単に殺戮を繰り返したい奴、故郷を追われた奴、その他自分の目的の為に属している奴。デイダラにしても、他人が聞いて理解できるような理由で此処に居るわけではなかった。さりとて、理解してもらいたいわけでもないが。


 暁のメンバーの中でも、殊更は何故ここに居るのか解らない存在だった。
 彼女は指輪をし、黒地に赤い雲模様の外套を身に付けているような、いわば正式メンバーではない。ゼツの部下だと聞いている。しかし彼女はいつも同じアジトに留まっている上、デイダラが暁に入った時には既に暁に居たぐらいには、居る歴が長い。デイダラも彼女の顔を覚えてしまっていたし、名前だって知ってしまっていた。
 デイダラからしてみれば、彼女は普通のくノ一のように思えた。顔は中の上、もしくはせいぜい上の下、色町に出れば普通に居るレベルの女だ。戦闘に加わっているのを見たことが無いし、そういった話を聞いたこともない。怪我をしているのも見たことがない。戦闘タイプではないのだと言われればそれまでだが、デイダラにはやはり、彼女は普通のくノ一のように思えた。一般人に見えない事もなかったが、額当てもしていないをくノ一だと判断しているのは、彼女がどうも血やら死体やらを見慣れているようだったからだ。

 一度、サソリに尋ねてみた事があった。デイダラは、この二人一組の相方を存外尊敬していた。年の功とでも言えばいいのか、彼は自分より余程博識だし、芸術家として趣向は違えど尊敬に値すると思っている。一緒に行動するようになってから、デイダラには何か解らない事があればサソリに尋ねてみるという癖がついていた。よほど虫の居所が悪くない限り、彼は大抵デイダラが欲しい答えをくれる。
 サソリは物事をよく知っているし、デイダラよりも長く暁に居る筈(当たり前だ、デイダラをスカウトしにきた暁のメンバーにサソリも含まれていた)だから、の事も何か知っているのではないかと思ったのだ。

「……お前、に惚れてるのか?」
「さあ……どうだろ。そう見えるのかい?」
「知るか」

 デイダラはソファにもたれ掛けたまま、サソリは傀儡を触りながら会話をする。彼がぞんざいな答え方をするのは常だ。デイダラは彼の声の調子から、まだ此方の会話を続けても大丈夫だと判断する。

「まあ、旦那がそうだと思うんならそういう事で良いよ、うん」
「……一つ忠告しておくが、はやめとけ」
「……何でだい?」

 ギィギィ、と、傀儡から漏れる音がする。
 デイダラは彼がの名を知っている事に、今更気が付いた。彼が自分の部下ですら名前を覚えているのか疑問なところなのに、何故のことを知っているんだ? デイダラは、先程よりも更に彼女への関心が湧いた。
 サソリは何も答えなかった。これ以上の立ち入りは、彼の機嫌を損ねるだろう。ヒルコの尾が飛んでくるかもしれない。差し迫った問題でもなし、デイダラは潔く、尋ねる事をやめた。これが任務なら相手から情報を訊き出すまで続けるだろうが、生憎ただの興味本位だ。
 サソリらしからぬ『忠告』が頭の中に響いた。
 彼がの事を知っていて黙っているのか、教えるつもりが無いのか、それとも本当に何も知らないのか、デイダラには判断が付かなかった。
 が、結局それ以上の事を考えるのはやめた。考えるだけ無駄だ。彼女の事を思い出したのは、それから何度か任務に出て、アジトに帰ってきた時だった。偶然にも、本人と顔を合わせたのだ。


 デイダラはその日、リーダーに呼ばれていた。アジトの一つであるそこは他より少し広く、個人個人に部屋が割り振られており、デイダラは彼の部屋を目指して歩いていた。尾獣狩りの件だかなんだかで、サソリも呼ばれていた筈だったが彼はデイダラ一人に任せ、共に行こうとはしなかった。自分と面と向かって面倒くさいと言い切った彼は、心底良い性格をしていると思う。
 リーダーの部屋の前に辿り着くと、中から二人分の気配がした。同時に話声も聞こえる。小南か、そうでなくてもどうせ暁の一人なのだしと思って、デイダラは一切の躊躇もせずにドアを開ける。部屋にいたのは珍しい事に生身の体をしたリーダーと、同じ女でも小南ではなく、だった。

「……ノックぐらいしろ、デイダラ」
「え? ……ああそうだな、うん。悪かったよ、うん」

 歯切れ悪く、いつもより多く口癖を繰り返したデイダラに、ペインは不思議な物を見る目をした。はいきなりの参入者に、一度だけデイダラに視線を寄越すものの、デイダラと目が合っても小さく目礼するだけだった。彼女はただの部下である筈だから、その反応は妥当なところだ。特に話した事があるわけでもないし。
 ペインはやがて、に向き直った。彼のピアスがきらりと光った。

「言った通りだ。役目を見失うな。覚悟はしておけ、

 解っています、と、が言った。そして頭を下げる。
 デイダラはそこで、やっと違和感に気が付いた。何故一介の部下である筈のが、こうしてリーダーと会話をしているんだ? そんな権限はない筈だ。暁のリーダーと末端の部下。わざわざリーダー本人が彼女に命令を下す訳が解らない。しかも(これは、それこそ偶然かもしれないが)幻影でなく、本人だ。
 二人の用件は終わったらしく、は部屋を出ていった。帰り際、デイダラの横を通り過ぎる際、彼女は頭を下げるのを忘れない。彼女は暁のメンバーでもない、ただの個人の部下だから、その反応も当たり前だ。デイダラは無言でそれを見ていた。

「……デイダラ?」
「――任務かい、彼女、うん?」

 ペインの方に見向きもせず、黙り込んでいたデイダラを不審に思い、リーダーが声を掛けた。デイダラは特に何も考えず、気付けばそう尋ねていた。何でもない、ただの日常会話だ。

「任務……まあ、そう思うならそう思っても良いだろう」

 素直に答えたペインは、実に曖昧な事を言った。
 それは、が好きなのかとサソリに聞かれ、デイダラが言った返答と同類の物だった。そうとも言えるのかもしれないが、そもそも自分自身がそういった答えで良いのか納得していない――そういう物だ。そうなれば、彼女が言われていたのは『任務』ではない。何故なら任務を下すのは、暁のリーダーであるペイン本人である筈だからだ。



 デイダラはペインに断りを入れ、部屋を出た。「用事を思い出した、また後で来る」と言うと、ペインは「そうか」と言うだけで、特に咎めたりはしなかった。彼は変に人が良いところがあるから、デイダラが数十分待たせたところで大した不満も抱かないだろう。
 デイダラは廊下に出ると、すぐに瞬身で姿を掻き消した。
 目当ての人物、はまだ近くに居た。デイダラは、彼女のすぐ背後に忍び寄る。気配に気が付いたらしいは、振り向くとデイダラを見据え、不思議そうにほんの少しだけ目を丸くした。「デイダラ様?」と彼女が呟いた。内心、驚いた。彼女が自分の名前を知っているとは知らなかった。
 デイダラは、彼女が何枚かの書類を手にしているのを見た。雑務に戻るらしい。

「――……アンタ、一体何なんだい?」

 今度こそ、は顕著に目を丸くした。質問の意図が解らないらしい。同感だ、デイダラ自身何故聞いてしまったのかすらも解らない。はどう答えようかと考えあぐねているらしかった。
 簡単な質問だろ、とデイダラは促した。

「何、と仰られましても……」
「解らねえ奴だな。オツムが足りてねえんじゃねえのか、うん」

 デイダラを覆っている気の幕がぶわっと膨れ上がった。

「アンタが一体何者で、何で暁に居るのかって聞いてんだ」

 まがりなりにも抜け忍として暁に所属しているのだから、殺気だとかそう言った物には慣れているだろう。と、思ったのはデイダラの独断と偏見による判断だった。だから、が手にしていた紙の束を落とし、ガタガタと震え始めたのはデイダラの意志ではなかった。
 ――待て、オイラは別に恐がらせたかったわけじゃ、ない。
 デイダラが慌てて殺気を引っ込めた時には、彼女は既に全身から汗が噴き出し呼吸が荒くなり、失神してしまう一歩手前だった。実際のところ、は膨大なチャクラには慣れていても、里で割れ物のように扱われていたので、こうしたあからさまな殺意には耐性がなかった。


 すっかり縮こまってしまったに、デイダラは悪かったと謝り続けた。その背をさすってやっていると、彼女も段々と落ち着いてきていたようだった。デイダラは、先程から自分の予想を上回った事ばかりが起きている事に驚きはしていたが、嫌ではなかった。
 大丈夫かい、と尋ねると、彼女はゆっくりと二度頷いた。

「すまなかったな、別に恐がらせるつもりじゃなかったんだ」
「……いえ」

 まだ恐がっているようではあったが、できるだけ優しく、そして眉を下げて申し訳なさそうな顔をしてデイダラが言うと、彼女はやっと怯えの表情を取り払った。自分がこうやって優しく接してやるだなんて、驚きの極みではないだろうか。デイダラの頭の中で、サソリが言った事が繰り返されていた。惚れている、というのはあながち間違いではないのかもしれない。実に単純な答えだった。
 デイダラがずっと黙り込んだまま自問自答していた為、彼女は不思議に思ったのだろう、「デイダラ様?」と声を掛けた。

「なんだい」
「何かご用件があったのでは?」
「ああ……どうしてアンタが、こんな組織に居るのかと思ってな。オイラが見た所、別に戦忍ってわけじゃないんだろ? 部下にしろ何にしろ、どうして暁に居るのか知りたくてな、うん――別にアンタに何かしようってわけじゃないぜ。ただの、オイラの興味本位だ、うん」

 が訝るような目に変わっていたので、デイダラは最後の一言を付け足した。
 デイダラが自分が何故の事が気に掛かるのか、それは『恋』だと定義付ける事がひどく簡単だったように、彼女の答えもまた単純だった。

「ゼツが暁に居る、だから私も暁に居るのです」

 彼女は先程まで怯んでいた事をまったく感じさせない真っ直ぐな目で、デイダラを見据えたままそう言った。目は口ほどに物を言うとはこの事だろうか。デイダラには、彼女が言わなかったあれやこれやが、殆ど寸分の違いもなく解ってしまった。デイダラがに抱き始めている感情と、がゼツに抱く感情は同じ物だった。サソリが何故彼女を知っていたのだとか、彼女とリーダーとが何故一対一で話をしていたのだとか、どうでもよくなってしまった。
 文字通り、デイダラは絶句した。


愛する事は単純で

      次へ