「前にがリーダーと話してるのを見た事があってな、やっと納得がいったよ、うん」

 デイダラがそう呟きを漏らしても、ゼツはこれといって、微動だにしなかった。彼の佇む足元にはが仰向けになって横たわっており、彼はただを見詰めている。触れるでもなく、労ってやるでもなく、ただ横で見ているだけ。
 彼女の瞼は閉じられていて、そうしていると、単に眠っているだけようにも見えた。だが自分達は忍であり、寝ている人間とそうでない人間は、本能的に解ってしまう。
 の瞳は、もう何も写さない。


 ゴトリ。と、その鈍い音は、彼女の命の音だったのだろうか。
 尾獣を引き剥がす作業は万事上手く行き、彼女は静かに息を引き取った。重力の法則に従って、落下した。チャクラとは、いわば己のエネルギーの一種であり、それを根刮ぎ抜き取られた彼女は、最初こそ苦しげだったが、最期には安らかな表情に変わっていた。体から全てが抜け出したのだ。どれだけ痛そうな音がしても、彼女が少しも変わらなかったのは当たり前だった。
 封印が済むと、解散の号令が掛かり、メンバーは散り散りになった。六日間も拘束されていたのだ。じっとしているのは皆うんざりなのだろう、一瞬にして居なくなってしまった。その場に残っているのはデイダラとゼツ、そしてだけだった。気を遣ったつもりなのか、実体として此処にいたトビも、いつの間にか姿を消していた。

 本当なら、の中の三尾が封印されるのは、最後から二番目の予定だったそうだ。九体目は九尾でなければならないから、出来うる限りの猶予期間。それが暁に封印されると約束した、の願いだった。
 予定が早まったのは、サソリの死亡という思わぬアクシデントのせいだった。メンバーが少なくなり、これから事態がどう変わるか予測ができなかった為、やむを得ず少しでも早く封印する事にしたのだそうだ。と、そしてゼツから了承は取れていた。ゼツが居るからが暁に従っているという事を、彼女が三尾だと知っていた連中は知っていたようだ。ゼツが先日このアジトに来ていたのは、予定が早まった事ををに伝える為だったらしい。
 三日間の間に解った事は、ざっとそのような事だった。術者であるリーダーは別にしても、チャクラを練って送っているだけの他のメンバーは存外暇なのだ。皆が好き勝手に喋り合っていた。に関して有ること無いこと言ってもいたが、デイダラは誤謬を正すという事をしなかった。


が人柱力だったから、だったんだな、うん」
「……ふうん。リーダーがと会っていたなんて、知らなかったな」

 暫くの間を置いてから、ゼツはそう言った。
 思えば、白い方のゼツが口を利いたのは六日ぶりだった。封印をしている六日間、彼は一切喋っていなかった。メンバーの質問に答えていたり、会話をしていたのは右半身のゼツだった。デイダラは彼を見るが、葉に覆われたゼツの表情を見る事はできなかった。ペインハオ人好シノ気ガ有ルカラナ、と黒いゼツが言う。

の事、良かったのかい、うん?」
「やけに突っ掛かるね、デイダラ。人の死なんて、早いか遅いかの違いじゃなかったの?」

 そう言ったゼツは、今までと同じく顔を窺う事はできなかったが、その声には嘲りの色が含まれていた。やはり、あの時デイダラとトビが交わしていた会話を、彼は聞いていたのだ。

「元からそういう風に決めてあったんだ。アイツが決めた事だ。俺は何とも思わないし、どうなろうと知った事じゃないと言ったろ? 何にしろ、アイツが人柱力だとすら知らなかったようなお前にとやかく言われたくないね」
「止サナイカ」
「お前だって、はらわた煮えくり返ってる癖に」
「黙レ。餓鬼ミタク、駄々ヲコネテイルヨウニシカ聞コエナイゾ」

 白い方のゼツは、フン、と、息を吐き出した。


 デイダラは、自分が彼らの間に入れるだなんてそんな事は、本当は一切思っていなかった。
 とゼツの間には、言葉では言い表せないような何かが有る。そんな御伽話のような事を忍が口にするのも馬鹿げているが、確かにデイダラはそれを感じていた。愛と言っても良いかもしれないし、信頼と言ってもいいかもしれない。あるいはもっと他の何かかもしれない。結局デイダラは、の事を知る事ができなかったし、知る機会すら失った。彼らの事についても同様だ。
 
 彼女の顔、彼女の話し方、彼女の仕草。デイダラは今目の前に彼女が横たわっているにも関わらず、もう既に彼女の声が、一体どんな音をしていたのか思い出せなかった。自分は所詮、忍であったのだ。

 デイダラの頭の中に、一つの言葉が浮かんでいた。愛別離苦。愛する者と別離する苦しみ。対象は、親だろうと兄弟だろうと、妻だろうと息子だろうと恋人だろうとなんだって良い。そして彼らはそれらのいずれかに、当て嵌まっていた。
 デイダラには、ゼツの気持ちなんて少しも解らなかった。やはり自分は忍だった。


「――デイダラ、オ前イツマデ此処ニ居ル気ダ」

 暫く後、ゼツがそう言った。

「まあ別に俺は良いけど、他人の食事シーンなんて見ててもつまんないんじゃない」
「……マジかよ、うん」

 聞き返してはいたものの、デイダラはそれほど驚いてはいなかった。
 ゼツはその特異な術のおかげで、組織では主に広範囲の見張りや伝達の任を負っている。だがそれと同じくして、死体の処理も彼は請け負っている。
 まあ、つまり、そういう事だ。
 デイダラは、うっすらと笑った。声は出さなかったので、ゼツは気が付かなかっただろう。尋ねながら思っていた。――正気でないのは、否、正気なのはお互い様だ。ゼツは未だ、を見下ろしていた。寝ているような彼女をただ、見ているだけだった。

「正気かい?」
ニハ、自分ガ死ンダラ海ニ還シテクレト言ワレテイタ。アイツハ海辺デ育ッタカラナ。……ガ、死人ニ口無シ、ト言ウ奴ダ。俺ガ聞イテヤル義理ハナイ。俺ガ一ツノ死体ヲドウシヨウト、俺ノ勝手ダ」
「人が悪いな、うん」
「黙レ」

 デイダラは、立ち上がった。
 腰掛けていた瓦礫から、少しだけ土煙が舞い上がる。デイダラがこのまま歩き去ろうと居続けようと、ゼツは一向に構わないのだろう。いや、黒い方のゼツは少し嫌そうだったか。何にしろ、デイダラには死体が食べられるのを見ているだなんて、そんな趣味は持っていなかった。

「さっさと行きなよ」

 白いゼツが留まったままのデイダラに、そう声を掛ける。

「サッサト失セロ、デイダラ」
「駄々こねてるようにしか聞こえないぜ、うん」
「黙レ」

 心底嫌そうに言い返した黒いゼツに、デイダラはハハと笑った。ゼツの機嫌を損ねない内に、そのままアジトを後にする。デイダラはいつものように粘土の鳥を出し、それに飛び乗った。お手製の粘土のチャクラを足の裏で感じ取ったその時には、既にあんなに執着していた女の事も、同じように執着していた同僚の事も忘れていた。
 そうだ、トビを探してやらないと。
 あいつ何処まで行きやがったんだと、デイダラは仕方なく上空へと舞い上がり、そのまま姿を消した。アジトにはただ一人、愛する者と別れを告げたばかりの男が残された。


苦しいあいと決まってる

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