どうして自分はこんな馬鹿馬鹿しい事をしているんだろう、と考えていたせいか、前を三度歩いただけではその扉は開かなかった。この部屋に入る為には姿現しをする時のように、気持ちを一つに集中しておかなければならないのだ。またやり直しだ。こんな面倒くさい部屋、昨年の例の件のおかげでもう二度とやってくるまいと思っていたのに、まさか再びこうして訪れる事になるとは、は夢にも思っていなかった。
 数えて六往復目に、やっと『必要の部屋』の扉は現れた。
 部屋の中に居た、が予想もしていなかった程の大勢の人間が、ドアが開いた瞬間一斉に此方を向き、そしてこれでもかと目を見開いたが、は特に何の反応も返さなかった。同時に奥の壁にパッとタペストリーが新しく一枚加わったのも、はまじまじと真っ向から見てしまったが、やはり反応は示さなかった――現れたのは緑色の布地に、銀糸で描かれた蛇。スリザリンの寮旗だった。


xx. Dumbledore's Army



   斯くて一所に集いしは


「一体どういう事だい? どうしてこんなに人が居るんだ?」
「やあレストレンジ。何故かって? 決まってるじゃないか、戦うからだよ」
「……戦うだって? ロングボトム、馬鹿な事を言うなよ。あの人を此処に呼び出すとでも言うのかい? 梟便を出せば尋ねて来てくれる、とでも思っているの?」
「ああ、そうか――レストレンジ、あそこに居るのが誰だか解る?」
 とロングボトム以外、誰も話さないし動かない。そんな凍った時間が必要の部屋の中で流れていたが、は気にしていなかった。恐がられる事には慣れていたし、元々は人目を気にする方ではないのだ。
 久しぶりに会ったロングボトムは、何故か酷く興奮していて、話がまともに噛み合わなかった。ラブグッドが消え、ウィーズリーが消え、ここ何日かはカロー達に抵抗する為必要の部屋で過ごしていた筈の彼は、とうとういかれてしまったんだろうか。と、一瞬は考えたが、どうやら違っていたようだ。
 彼が指し示した方を見ると、確かにロングボトムが興奮している理由にも、「戦う」と言った理由にも頷く事はできた。の方を驚いた表情で、そして憎々しげな眼差しで見詰めていたのは、確かにあのハリー・ポッター本人だったのだ。
 ホグワーツに居る筈の無いポッターの他にも、今のホグワーツには居ない筈の人間が、が解る範囲でも何人か居た。例えばロン・ウィーズリーやグレンジャーはその代表格だったし、ウィーズリーの双子の兄達や、ディーン・トーマス、レイブンクローのシーカーをしていた女子生徒、他にも見覚えのある卒業生が何人か居た。は大体の事情を察した。ポッターが戻ってきたのだ、このホグワーツに。
「ネビル、何でソイツが此処に!」ポッターが叫んだ。
 彼の他にも、何人かが同じようにを非難した。はその反応は当然だと思うから(何せ、はスリザリン生なわけだし、死喰い人の息子だ。それに、此処に居る人間が知っている筈もないが、実際には死喰い人の一人なのだから、歓迎されないのは当然だ)、彼らがそう言った気持ちは解らないでもなかった。
 しかし、ロングボトムは誰にも返事をしなかった。彼のことだから、無視をしたのではなく、単に自分が聞かれたのだと気付かなかったのだろう。は少しだけポッター達に同情した。

 ハリー・ポッターが現れたその時は、戦う時だ。とロングボトムは、確かに以前にもそう話し合って決めていた。だが、はそのポッターの件の事で、今日わざわざ此処まで来てやったのだ。カローやその他の目をかいくぐってまで。
 ヴォルデモート郷からの指示により、カロー兄妹が交代でレイブンクロー寮でポッターが来るのを待ち構えている。何故ポッターがレイブンクローの談話室にやって来るのか、そしてそれがあの人に解ったのか、勿論は知らなかった。興味がなかった事は確かだが、達下っ端死喰い人は、そんな事、知る必要が無いのだ。
 しかし、その事を知らせに来てやったのだ。わざわざが。もっとも、この情報は、ホグワーツ生の中でもDAメンバーの中でも、しか知り得ない事ではあるが。何週間か前から、ロングボトムを始めとした何人かの生徒達が必要の部屋で籠城していて、彼らは外の情報をろくに持っていない筈だった。
「彼は無事だったんだね?」
 仕方なく、は尋ねてやった。ロングボトムは一瞬の後、嬉しそうにした。
「ああ、そうだよ! ハリーは無事だ。だから僕達は、いくらでも戦える! ――そう言えば、レストレンジが此処に来たのは初めてだね? どうして此処に?」
「それを最初に聞いて欲しかったねえ、できれば。まあポッターが居る今となってはどうだって良い事だけど。どうして彼はホグワーツに来たんだい? 例のあの人は、彼が此処に来る事を予測していた」
 が顔からにっこりを取り払ってそう言うと、ロングボトムは一瞬顔を強張らせた。
「予測してたって、どういう事?」
「あの人が言うには、ポッターは絶対にホグワーツに戻ってくる。それも何故か、レイブンクロー寮に。理由は知らないけれど、少し前からレイブンクローの談話室はカロー達がずっと監視をしてる。彼が此処に来たのは、全くの無駄足だとしか思えないね」
 がちらりと視線を向けると、ポッターは少しだけびくりとした。
 何をそんなに驚いているのかと思ったが、それはが無表情で彼を見る事が殆ど初めてだからじゃないかと思った。はいつも微笑んでいるから、そうでない表情を誰かに向けるのは珍しい事で、ポッターなんて今までろくに関わった事もなかったから、余計に驚かせたのだろう。それに、が顔から笑いを引き剥がすと、おそろしくベラトリックスに、そして――シリウス・ブラックにそっくりになる。
 ポッターとブラックは、名付け子と名付け親の関係だったらしい。よく知らないし興味はないが、ポッターにとってブラックは大切な人間だったに違いない。憎むべき死喰い人のその息子が、死んだ自分の名付け親によく似ているというのはさぞや苦痛だろう。
 ポッターはを睨んだまま、もう一度ロングボトムに聞いた。
「ネビル、どうしてこいつが此処に居るんだ?」
「どうして――どうしてだって?」きょとんとロングボトムは聞き返した。
 は、別にそんな風に言われる事も見られる事も、確かにどうとも思いはしなかったが、ヒソヒソと指を指されて、気分が良いわけではなかった。ポッターもウィーズリーもグレンジャーも、ギラギラとを睨んではいたものの、丸腰だ。そんな気はさらさら無かったが、もしもが彼らを襲う気だったら、一体どうするのだろう? 杖を構えていないなんて馬鹿みたいだ。
「解らないの?」ロングボトムが言った。「あれを見てよ――彼は仲間だ。レストレンジはダンブルドア軍団の、一員なんだよ!」
 には、何故ロングボトムがおかしそうに、そして嬉しそうに言うのか、訳が解らなかった。

 ロングボトムが指差した方向には、壁があった。四枚のタペストリーが掛かっている。赤いライオン、青い鷲、黄色い穴熊、そして緑色の蛇。今までは前者の三つだけだったが、今日が必要の部屋に入った事によって、ホグワーツの校章に描かれた動物達が全て揃った。全てが集ったのだ。

「……本当に? 彼は本当に、ダンブルドア軍団の仲間なのかい?」
 名前は知らないが、同年の男子生徒がロングボトムにそう聞いた。ハッフルパフの生徒だ。もっともそれは、だって知りたいところだ。いつ何時、自分は『ダンブルドア軍団』だなんて名称の組織に入ったのだろう。は自分の事は棚に上げて、発音するのも綴るのも面倒じゃないかと一人ぼやいた。
 ざわざわと囁き声が広がった。しかしその後、を非難する者は、何故だか誰一人として居なかった。


 やがて、ポッターが皆の前に立って話し始めた。どうやら彼は、やはりレイブンクローの寮に何事かの用があるようだった。ポッターがそう言った時、思わずはハッと嘲笑してしまった。何人かが此方を振り向き、を睨み付けたし、ポッター自身も憎々しげな視線でを見たが、が好戦的な表情で見返しても、彼は結局何も言わなかったし、他の誰も何も言わなかった。
 は出鼻をくじかれ、逆に腹が立った。
「いっそ、ポッターを差し出してしまえば良いんじゃないのかなあ」
 がそう呟くと、先程のハッフルパフの七年生がぎょっとしてを見た。
「ハハハ! レストレンジは冗談が上手いんだ」
 ロングボトムはそう言って、文字通り可笑しそうに笑った。は暫く周りの反応を眺めていたものの、やがて大きく溜息を吐いた。


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