彼女が出来た、とが告げた時の、ノットの反応はこうだった。
「ちょっと森番の所に行って、ヒッポグリフを借りてくる」


xx. Their Opinions



   吟遊詩人ビードルの物語


「あーあーあー、、僕は前々から思っていたんだ。君は意地が悪いんだよ。僕みたいなのが苦しんで呻いてるのを見て楽しんでるんだ」
「あ、ドラコ、そこは『光』じゃなく『光っている』、動詞だ」
「ん? ――ああ、ありがとう」
「……聞けよ! 相槌ぐらい返したらどうだ!」
 勝手にのベッドに上がり込み寝転んで、シーツやら毛布やらをぐちゃぐちゃにするよう専念していたノットが、がばっと起き上がってそう怒鳴る。は彼の方を向くと、少しだけ目を細めてやった。の視界に入っている範囲では、ドラコも同じように彼を白い目で見ている。
 ノットは二人の幼馴染みの視線に全く動じず、フンッと鼻を鳴らした。

 今日行われた古代ルーン文字の授業は、防衛術の教授に査察という名の授業妨害をされ、いつもの半分も進まなかった。バーベッジ教授はアンブリッジ女史にぶつけられない苛立ちを生徒に向ける事にしたらしく、その日進める筈だった範囲を自力で全訳してこいという課題を出した。生徒泣かせと言われている古代ルーン文字学で、先生の助力無しに翻訳だなんて無謀も良い所だ。
 ですら難しかったこの課題に、助けを求めてきたドラコを突き放す事はできなかった。彼は監督生だし、ドラコ・マルフォイとして、全てを完璧にこなしていなければならなかったのだ。

 達が勉強中だという事が解らないでもないノットだろうに(というより、彼がだからこそ邪魔をしているのだという事ぐらいは、にも解ってはいたが)、先程からずっと一人で喋り続けていたり、こうやって大声を出して此方の作業を中断させたりする所は、実に子供っぽい行動だった。
 しかしだって、彼の言い分をずっと聞き続けていたら何をする事もできない。彼はがする事なす事、否定するのが趣味のようなものだったのだ。あれが出来る君は大イカに食べられろ、それを持ってる君は箒から落ちて骨折しろ(この時ばかりはも眉を吊り上げて怒ってみせた。過去に起こった事だから、二度目があったって不思議じゃない。あの薬はもう二度とごめんだ)。
 ダフネと付き合う事にしたのは、この年になって浮いた噂の一つ二つ、なければ逆に不健全だと思ったからというのが理由の一つでもあった。興味がなかったと言えば嘘になるが、今までは誰か特定の女の子と付き合うだなんて、考えられもしなかったのだ。ダフネの事は前から気に掛かっていた為に、は彼女の告白にオーケーした。
 もっとも、彼女と付き合いだしたのは四年生の終わり頃で、それを今まで隠していてこれからも言わないのは、更に文句を言われる事が解り切っていたからだ。

「冗談は止してくれよ。僕らは今勉強中なんだ。意地が悪いのはどっちだい?」が、ノットを見ながら言った。
 ノットはくるりと体の向きを変えて此方を向いた。ふて腐れた表情だった。
「勿論君だ、。そうやって僕を除け者にして。大体ここはドラコの部屋じゃないぞ」
 ドラコはちらりとを見て、それから開口する。
「クラッブとゴイルが昨日、部屋の中にパイを持ち込んでね。実物は勿論とっくの昔に無くなったけど、匂いがまだ残ってるんだ。カボチャ臭くてたまらないよ。それに、誰が誰の部屋に居たって別に良いじゃないか」
 ドラコはそう言ったきり、興味を無くしたか、それともノットに構っている暇すら惜しいと思ったのか、再びルーン語辞書との睨めっこを再開した。実は、臭いが残っていて嫌がるのはだった。ドラコだって不快には思うかもしれないが、彼はこの四年間と少しの間に随分と耐性ができている。それらの事を知っているノットは更に不満げな表情をして、そのまま寝返りを打った。
 は暫く彼を見ていたが、やがて、ベッドから降りるようにと言うのは諦め、ドラコと同じようにルーン文字の原文と辞書の方に向き直った。
 翻訳の課題として出されたのは、吟遊詩人ビードルの物語だった。


 吟遊詩人ビードル、文学を学ぶ者なら誰でも知っている男の名前だった。
 例えその名を知らなくとも、魔法界で育った者ならば、彼の作った物語の一つや二つは誰でも知っている。三人兄弟の物語などその最たる例で、幼少期を屋敷しもべ妖精と二人きりで過ごしていたですら知っていたし、その物語に出てくる『三つの秘宝』を探し求めている研究者すら現在存在する程だ。
 達が訳すように言われたのは、彼が執筆したとされる魔法使いとポンポン跳ぶポットだった。一人の魔法使いと、その持ち物であるポットの話だ。題名の『ポンポン跳ぶ』というのは、実際話の中でポットが跳び回る事から来ているらしい。
 結論から言うと、はこの話の予備知識を一切持っていなかった為に、翻訳は困難を極めた。父親と息子の話かと思えばその父親は冒頭で死んでおり、そこでいきなり翻訳に躓いたくらい、この話について知らなかった。最初は適当に知ってる語だけを読み進めて、最終的には訳は完成させたが、正直な話、根本的なニュアンスが違っているかもしれない。
「一体、この父親は何をさせたいんだ? 他に息子は居ないみたいだし、素直に財産くらい分けてやれば良いじゃないか」ドラコが呟いた。「それなのに、こんな面倒くさいポット一つきりなんて。マグルを助けてやるなんてどうかしてる」
 は別段、相槌も打たなかったし頷きもしなかった。
 これは、一種の教訓話ではなかろうか。はそう思って翻訳を進めた。傲慢な息子を、父親が戒める。魔法の力を持ってして、困っている人々を助ける。人には親切にしなさい――よくある話だ。
 問題は、話の中に出てくる息子が魔法使いであり、困っている人々というのが魔法が使えない人達、つまりマグルだという事だ。ビードルが生きていた頃は魔法使いとマグルの境が曖昧ではあるものの、明らかに線引きはされており、魔法使い達が差別に遭っていた時代だ。古文の学者達はマグルを贔屓する変わり者として見なしているし、はその事を知っていた上で読み進めていた為、ドラコのように内容に対しては引っ掛かる事はなかった。彼は自分が魔法使いであるという事に対して誇りを持っているし、それと同等以上にマグルを見下している。がそれと同じくらい、魔法使いだとかマグルだとかいう事に対し、関心を持っていないという事も躓かなかった理由に含まれているが。
 ドラコがこれを読み進めていい顔をしない事は解っていたので、は敢えて何の返事も返さなかったのだ。しかし、予想外にもノットがドラコの漏らした声に反応を示した。
「何だって?」

「僕が――昔聞いたのは、ポットを手に入れた魔法使いの男が、マグル連中を苛める話だった」
 よほど興味がそそられたのか、ノットはのベッドから飛び降り、二人が居る方へとやってきた。先程まで膨れていたのが嘘のようだ。彼は机の周りを見回し、の出来上がったレポートに目を付けると、何の断りも入れずにそれを読み出した。
 どういう事だ?とドラコがに尋ねたが、自身も訳が解らず、首を傾げるだけで終わった。
 が英語に訳した魔法使いとポンポン跳ぶポットを読み終えたノットは、至極不可解そうな顔をして、「、これ、本当にあってるのか?」と聞いた。
「僕が知ってる話と大分違う。訳し間違えてるんじゃないのか?」
「さあ……僕はその話を今までに聞いた事も読んだ事もなかったから、何とも言えないよ。違っている所もあるだろうとは思うけど、大方はそれであっているのじゃないかと思うよ」
「ふうん……」ノットは小さく呟いた。「そうか」
「僕が知ってるポンポン跳ぶポットは、まず息子の性格が大分違う。彼は村のマグル達に苛められて、父親と一緒に隠れるようにして生活してたんだ。父親が死んだ後、残されたのは一つのポット。此処は同じだけど、そのポットは今まで息子を虐げてきたマグル達に悉く仕返しをするんだ。こんな、村人の手助けをしてやるよう動くポットじゃない。ついに息子は村の中で確立した地位を得、マグルに見下げられる事もなくなり、ポットと共に末永く暮らしました……これが僕の知ってる魔法使いとポットの話だ」

「改編か?」ドラコが呟く。
 確かに、それなら頷ける。はゆっくりと頷いてみせた。マグル嫌いの後世の人間が、ビードルの物語に手を付け加え、それが伝わった。ノットの家は元からスリザリンの血筋だから、その話の方を好んで読んでいたと考えるのは容易い事だ。
 三人はどうしてここまで話の内容が食い違っているのかと首を傾げ合ったが、勿論確かな結論は出なかった。ホグワーツの蔵書の中になら、ひょっとするとこの原書を翻訳したものも、ノットの言った話の方を書き綴ったものも有るかもしれない。それどころか、内容が違う理由自体を説明してある物があるかもしれなかった。
 読み比べれば、何か解るかもしれないな。はそう思ったが、わざわざ言う事はしなかった。図書室に行く程の興味も、バブリングに聞きに行く程の関心もない事は確かだったのだ。
「僕はそっちの方が良かったな、どうせなら。マグルに手を貸してやるなんて馬鹿馬鹿しい」
「僕もドラコと同意見だ。力の無いマグル達と、僕らが同等とは思わない。連中と僕らは分けて然るべきであり、一緒に生活しているなんてありえないね」
 は二人の言い振りに、薄く笑った。
「何にしろ、僕らは今を生きているんだ。古人がどう言っていようと関係が無いし、どうだって構わない」
 ドラコとノットが揃ってを見た。不思議に思っているようでもあり、咎めているようでもあった。は肩を竦め、再び辞書を開いた。


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