今年もやはりと言うべきだろうか、寮杯を獲得したのはグリフィンドールだった。クィディッチの目覚ましい活躍もあったし、ポッター達の功績は勿論、ダンブルドア軍団に参加している人数が一番多かったのも、グリフィンドールだったからに違いない。これでが入学してからの七年間、全ての年を彼らが優勝した事になった。
 しかし(他のスリザリン生はどうだかは知らないが)は悔しいとは少しも思っていなかったし、校長になったマクゴナガルが一位を発表した時、率先して目一杯拍手した。例のあの人が戦いに敗れてからというもの、は既に、スリザリン生や他の寮生達から奇異の視線を浴びせられる事に、すっかり慣れっこになっていた。
 実の所、は元より寮というものに固執してはいなかったのだ。
 大広間は真紅と金色に染まった。しかし、大声で騒ぎ合っているのはグリフィンドールだけではない。皆が一体となって、獅子の優勝を祝っていた。大広間中から拍手や歓声が絶えなかったので、壁がぐわんぐわんと震えているようだった。
 いつまでも終わらないような宴会が幕を閉じた後、同級生達や教師が別れを惜しんで写真を撮ったりしている中で、は大急ぎで彼女を捜していた。は明日でホグワーツを卒業する。ここに居られるのも彼女に会えるのも、これきりだからだ。同じ職にでも就きさえしない限り、また会う事なんて不可能に違いない。
「おやおや、一人かね?」
 きょろきょろと辺りを見回しながら歩いているに声を掛けたのは、寮監であるスラグホーンだった。は結局、この教師をそれほど好きになる事はできなかった。しかし、にこにことしているのを見るのは悪い気はしない。
 が微笑んで頷くと、スラグホーンはそうかそうかと言って愉快げに笑った。
「君がホグワーツでこうして居られるのも、今日が最後だ――魔法省に就職するのだったろう? 君なら出世街道間違いなしだ――悔いの残らないように、思い残した事はやっておかなければならないよ」
 何気ない調子でそう言ったスラグホーンは、がきょとんとして自分を見上げているので、少々驚いたようだった。スラグホーンの言うとおりだった。なかなか良い事を言ってくれるじゃないか? スネイプ先生ほどではないものの、スラグホーンもそれなりに良い寮監だった。
「そうですね、ありがとうございます先生」
「ああ、そうだとも」が何故礼を言ったのかは解らなかったらしいが、スラグホーンは満足げにした。
 は寮監と別れた後も、生徒達の間を縫うように歩いて彼女を捜し回った。しかし結局、お目当ての人物は既に寮に戻ってしまった後のようだった。


 彼女に会うことが出来たのは、次の日になってからだった。
 皆がさよならの挨拶をし合っている時にも、はどうしてもと彼女を捜し回った。ホグワーツ特急が出発する時間が刻々と近付いてきていて、生徒達が馬無しの馬車に乗り込み出していた。は何故か見えるようになったセストラルに少しも興味を示さず、ただ人混みの中を歩き回っていた(は首席として全生徒を監督する役目があったので、一番最後に乗り込む手筈になっている。その辺りの根回しは完璧だった)。
 は行き交う生徒の顔を一人一人見ていたが、なかなか見つからなかった。最悪の場合、ホグワーツ特急を歩き回ってコンパートメントの一つ一つを覗かなければならないかもしれない。しかしそうしてでも、は最後に一目、彼女に会いたかった。
 玄関ホールで待っている人数が少なくなってもはや諦めかけていた時、は行き交う生徒達の頭の向こう側に、ようやく彼女を見つける事ができた。

 彼女は友人達と一緒に居るらしかった。しかしおそろしい事に、ロングボトムが一緒ではないか。その他にも、ウィーズリーだとかポッターだとか、にしてみれば気に食わない連中が何人も居た。
 はほんの一瞬だけ躊躇した。
 しかし、すぐに彼女に向かって歩き始めた。言い逃げだと思われても構わない。最初は、お別れとして一言だけでも言葉を交わせれば良いと思っていた。しかし、も人間だ。彼女を見てしまった時、それだけでは押さえられないと直感した。
 は彼女に、最後だからという事を言い訳にしてでも、自分の気持ちを伝えたかった――六年越しの片思いだ。僕も存外、いじらしいじゃないか?


xx. My fair Lady



   ああ、僕のいとしいひと!


 思い切って名前を呼ぶと、彼女はくるりとの方に振り向いた――たったそれだけの事がこんなに嬉しいなんて、一体どういう魔法なんだろう? 彼女は振り返ってから何の反応も示さなかったが、は逆に、それを近寄っても良いという合図だと受け取った。
 彼女の周りにいた彼女の友人達が、ぎょっとしていた。それがが大声で彼女に呼び掛けたからなのか、それともそのまま人混みを突き進んでくるからなのかは、判断が付かなかったが。ロングボトムに始まり、ポッターにウィーズリー兄妹、それにグレンジャー。彼らは目を見開いたまま、問い掛ける事もせず、唖然としてと彼女の顔を見比べていた。
「なあに?」ラブグッドが聞いた。
「君が好きだ。もしよければ、付き合ってくれないか? 結婚を前提にして」
 とルーナを中心に、辺りがしんと静まり返った。ラブグッド自身はまだ言われた内容を飲み込めていないのかきょとりとしてを見上げているだけだが、成り行きを見守っていたロングボトム達は開いた口を塞ぐ事ができなくなってしまったようだった。の告白、もといプロポーズが聞こえた誰かが、ヒューっと口笛を吹いた。
 事態を察した周りの生徒達は、やんややんやと二人を冷やかし出した。その時には既に、・レストレンジの顔は真っ赤に染まっていた。いや、ラブグッドの面前に立った時には既に、彼の頬は僅かながら紅潮していた。その全てを見ていたネビル・ロングボトムは後に、爆笑するべきだったのか真剣に冷やかすべきだったのか判断がつかなかったと語る。


 ラブグッドが何の反応も示さない事に、逆には安心していた。何故なら、それが当たり前の反応だからだ。とラブグッドの接点はまるでない。が二年生だった時、たまたま廊下で話をしただけだ。そしてたったそれだけの事で、は彼女に恋をした。
 は彼女が好きだった。三大魔法学校対抗試合の時だって、出来る事なら彼女を誘いたかったし、遠くから眺めるだけでなく、会って話をしたかったし抱き締めたかった――一番大切な人が彼女になったからこそ、はヴォルデモート郷を裏切ったのだ。
「ンー……それは無理かな」ラブグッドが言った。「あたし、あんたの事全然知らないもン」
 は漸く、いつものように薄っぺらい微笑みを浮かべる事ができた。安心した。彼女が言った通り、ラブグッドはの事を知らないだろうし、だって彼女を知っているとは言い切れない。の外見や家柄だけで判断しない女の子だという事を、改めて知ることができて良かった。

 安心はしたものの、その気持ちはいつだったかダンスを断られた時の安心感とは、正反対ものだった。
「ああ。――君と出会えて良かった、ミス・ラブグッド」
 が――心の底からの本心でそう言うと、ラブグッドは再びきょとりとしたようだった。何人ものギャラリーが居たが(馬車に乗り込む順番が来たというのに、此方に注目しているせいで気付かない生徒が何人も居た)、は満足していた。
「混乱させてしまってすまなかったね、僕が伝えたかっただけなんだ――それじゃ」
 は背を向けて歩き出そうとしたが、その前にラブグッドが呼び止めた。
「でも、友達にはなれるよ。違う?」
 は振り返り、ちゃんと彼女の顔を見て聞いていたのだが、一瞬では理解が追い付かず、ぎょっとした。彼女は今いったい、何て言った? ラブグッドはあまり表情が豊かな方ではない(傍から見続けてきたは知っている)ため、の話を聞いていた時と何ら変わらない顔をしていた。彼女の常識からして、それが当たり前だと言っているようだった。
 ようやく普段の自分を取り戻してきていたのに、の頬は再び紅く染まった。
「本当かい、ミス・ラブグッド?」
「ウン」ラブグッドが言った。「でも、友達はそんな風には呼ばないな」
「さっきみたいに、名前で呼んでよ。あたしもあんたの事、名前で呼ぶから」
 ラブグッド――ルーナはそう言って、ほんの少しだけ微笑んでみせた。

 は作り笑いが得意だ。誰にでも気に入られるように、普段からいつでも笑っているようにしている。そうする事で、誰彼からも見ていて欲しかったのだ。それにその方法しか、は知らなかった。
 だからこそ彼女の笑みが心からの物だと解ったし、は再び赤面した。異色の組み合わせを見て、周囲の生徒達はやいのやいのと囃し立てていたが、は一切気にならなかった。


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