思い切って名前を呼ぶと、彼女はくるりとの方に振り向いた――たったそれだけの事がこんなに嬉しいなんて、一体どういう魔法なんだろう? 彼女は振り返ってから何の反応も示さなかったが、は逆に、それを近寄っても良いという合図だと受け取った。
彼女の周りにいた彼女の友人達が、ぎょっとしていた。それがが大声で彼女に呼び掛けたからなのか、それともそのまま人混みを突き進んでくるからなのかは、判断が付かなかったが。ロングボトムに始まり、ポッターにウィーズリー兄妹、それにグレンジャー。彼らは目を見開いたまま、問い掛ける事もせず、唖然としてと彼女の顔を見比べていた。
「なあに?」ラブグッドが聞いた。
「君が好きだ。もしよければ、付き合ってくれないか? 結婚を前提にして」
とルーナを中心に、辺りがしんと静まり返った。ラブグッド自身はまだ言われた内容を飲み込めていないのかきょとりとしてを見上げているだけだが、成り行きを見守っていたロングボトム達は開いた口を塞ぐ事ができなくなってしまったようだった。の告白、もといプロポーズが聞こえた誰かが、ヒューっと口笛を吹いた。
事態を察した周りの生徒達は、やんややんやと二人を冷やかし出した。その時には既に、・レストレンジの顔は真っ赤に染まっていた。いや、ラブグッドの面前に立った時には既に、彼の頬は僅かながら紅潮していた。その全てを見ていたネビル・ロングボトムは後に、爆笑するべきだったのか真剣に冷やかすべきだったのか判断がつかなかったと語る。
ラブグッドが何の反応も示さない事に、逆には安心していた。何故なら、それが当たり前の反応だからだ。とラブグッドの接点はまるでない。が二年生だった時、たまたま廊下で話をしただけだ。そしてたったそれだけの事で、は彼女に恋をした。
は彼女が好きだった。三大魔法学校対抗試合の時だって、出来る事なら彼女を誘いたかったし、遠くから眺めるだけでなく、会って話をしたかったし抱き締めたかった――一番大切な人が彼女になったからこそ、はヴォルデモート郷を裏切ったのだ。
「ンー……それは無理かな」ラブグッドが言った。「あたし、あんたの事全然知らないもン」
は漸く、いつものように薄っぺらい微笑みを浮かべる事ができた。安心した。彼女が言った通り、ラブグッドはの事を知らないだろうし、だって彼女を知っているとは言い切れない。の外見や家柄だけで判断しない女の子だという事を、改めて知ることができて良かった。
安心はしたものの、その気持ちはいつだったかダンスを断られた時の安心感とは、正反対ものだった。
「ああ。――君と出会えて良かった、ミス・ラブグッド」
が――心の底からの本心でそう言うと、ラブグッドは再びきょとりとしたようだった。何人ものギャラリーが居たが(馬車に乗り込む順番が来たというのに、此方に注目しているせいで気付かない生徒が何人も居た)、は満足していた。
「混乱させてしまってすまなかったね、僕が伝えたかっただけなんだ――それじゃ」
は背を向けて歩き出そうとしたが、その前にラブグッドが呼び止めた。
「でも、友達にはなれるよ。違う?」
は振り返り、ちゃんと彼女の顔を見て聞いていたのだが、一瞬では理解が追い付かず、ぎょっとした。彼女は今いったい、何て言った? ラブグッドはあまり表情が豊かな方ではない(傍から見続けてきたは知っている)ため、の話を聞いていた時と何ら変わらない顔をしていた。彼女の常識からして、それが当たり前だと言っているようだった。
ようやく普段の自分を取り戻してきていたのに、の頬は再び紅く染まった。
「本当かい、ミス・ラブグッド?」
「ウン」ラブグッドが言った。「でも、友達はそんな風には呼ばないな」
「さっきみたいに、名前で呼んでよ。あたしもあんたの事、名前で呼ぶから」
ラブグッド――ルーナはそう言って、ほんの少しだけ微笑んでみせた。
は作り笑いが得意だ。誰にでも気に入られるように、普段からいつでも笑っているようにしている。そうする事で、誰彼からも見ていて欲しかったのだ。それにその方法しか、は知らなかった。
だからこそ彼女の笑みが心からの物だと解ったし、は再び赤面した。異色の組み合わせを見て、周囲の生徒達はやいのやいのと囃し立てていたが、は一切気にならなかった。
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