ビルとチャーリー・ウィーズリー


 暫くするとウィーズリー夫人がジニーを呼ぶ声がし、も一緒に下へと降りた。階下にはおばさん一人きりしか居なかった。彼女の方からは美味しそうな匂いが漂ってきていて、は自然と幸せな気分になった。
「ああ、も来てくれたの。食器を運んでくれる? 大人数だから、外で食べる事にしたのよ」
 後からやってきたハーマイオニーも加わり(彼女と一緒に来たハリーとロンは、別の仕事を頼まれた)、三人は何種類かの皿を持って外へ出た。ウィーズリー夫人がずっとフレッドとジョージの事をぶつぶつと言っていたので、は少しだけヒヤッとした。
 庭に出たは、雑草が好き放題生えているのを見て少しだけショックを受けた。しかし、良い意味のショックだ。これで芝生がきっちりと刈り込んであったり、等間隔に植物が植えられてでもすれば、は気が詰まってしまうだろう。生け垣の向こうで庭小人が走り回っているのを見ながら、預かってくれたのがウィーズリー家で良かったと、は心から思った。
 庭の有様にも驚いたが、が一番驚いたのは、ウィーズリー家の外観だった。階段が人一人擦れ違うのがやっとなくらいの幅だった訳も、確かに頷ける。ウィーズリー家は、まるで一つの小屋に何個も部屋を継ぎ足していって作ったかのように見えた。少しとして真っ直ぐではないし、あちこちからぼこぼこと部屋が飛び出ている。初めて見る外からのウィーズリー家をまじまじと見詰めていたものだから、は庭先から聞こえてきたバーンというけたたましい音に驚き、危うく大皿を落としてしまうところだった。
 音の方を見ると、机と机が宙でぶつかっていた。
 見たことのない赤毛の青年の二人が、自分の杖で机を浮かせ、ぶつけ合いをしている。青年の片方がふと此方を見、と目が合った一瞬の後、その青年は少しだけ目を見開いた。
「ほーら。チャーリー、油断大敵だ」
 ポニーテールをしている方の青年がそう言って、大きく机を動かした。彼の杖の動きに従って、びゅーんとテーブルが跳び、もう一方のテーブルの足をばきりとへし折った。先に来ていたらしい双子がヒューッと口笛を吹いた(彼らはテーブルクロスや椅子を手にしていた)。すると頭上でガラガラと音がして、三階の窓からパーシーが顔を覗かせた。
「静かにしてくれないか!」
「ごめんよ、パース。鍋底はどうなったい?」
「最悪だよ」にやっと笑いながら尋ねてくる自分の兄に、何を言っても無駄だと思ったのか、彼はそう言ったきりピシャリと窓を閉めてしまった。二人の赤毛の青年はクスクスと笑い、二卓のテーブルを並べて置き、杖を一振りして机の脚を元通りに戻した。
「パーシーは魔法省に就職したの。国際魔法協力部よ」ジニーがそう説明した。「でも、パーシーに仕事の話題を振っちゃ駄目よ、止まらなくなるんだから」
「国際魔法協力に、鍋が必要なの?」
「知らない」
 が尋ねるとジニーは即答し、それから二人はくっくと笑った。

「やあ、君がだね? 初めまして、ビル・ウィーズリーだ」
 そう言ってポニーテールの青年がに手を差し出した。は握手しながらも、ビルの顔を穴が空くほど見詰めてしまった。予想外だったのだ。の覚え違いでなければ、彼はウィーズリー家の長男で、ホグワーツでは首席だった。そしてホグワーツを卒業した後は、グリンゴッツ魔法銀行に勤めている。は勝手に、パーシーを引き延ばした感じじゃないかと思っていた。責任感が強く、いつでも机に齧り付いているタイプだ。
 しかし実際のビル・ウィーズリーは、正反対の男だった。すらっと背が高く、伸ばした髪をポニーテールに結び、耳には何か動物の牙らしきピアスをしている。とてもガリ勉には見えない。おまけに、ビルは飛びっきりのハンサムだった。世の中の女の子という女の子が放ってはおかないだろう。もっとも、よくよく考えてみれば、パーシーのような人間は、『グリンゴッツ銀行』に勤めたとしても、きっと呪い破りにはならないんじゃないだろうか。
「ご存じみたいですけど、です。
「よろしく。狭苦しい所だけど、ゆっくりしていって」ビルはそう言って、にっこり笑った。
 はもう一人の赤毛の青年の方に目を向けた。チャーリー・ウィーズリーはビルと違い、すらっとしていると言うよりは、がっちりしていると言った方が的確だった。身長は、双子よりも少し高いくらいだろうか。ひょろひょろした印象のロンやパーシーに比べると、それがよく解る。顔中ソバカスだらけで、その上ここにいる誰よりも日に焼けていた。普段から外で駆け回っているのだろう。片方の腕は火傷でてらてらと光っており、とても逞しそうに見えた。
「そっちはチャーリーだよ。チャーリー・ウィーズリー」
 ビルがそう説明した。チャーリーは人の良さそうな顔付きをしていて、この兄弟達の兄だという事が滲み出ていた。彼は暫く黙ったままだったが、やがて口を開いた。
「あー……君が? 本当に?」
「本当に決まってるでしょ、チャーリー。どうしてそんな風に言うの?」
 がクスクスと笑い出すと、チャーリーはぼりぼりと頭を掻いた。
「思ってた子と全然違う。もっとこう、男っぽい子だと思ってた。全然そんな事なかった」
「それって、良かったって言うべきなの? でも、ねえ、チャーリーがイギリスに来てたなんて知らなかった。四日前くらいに、デメテルに手紙を持たせちゃったんだけど」
「ああ、あいつなら昨日ふらふらになりながら家に来たよ。疲労困憊してたのはそういうわけか。今は部屋で――って言っても、フレッドとジョージの部屋だけど――休んでる。ごめんな、言っておけば良かった。今年はワールドカップがイギリスで開かれるから、どうしても夏は帰ろうって決めてたんだ。パパは大抵、役所でチケットが手に入るし」
「成る程ね! でもあたしも、考えれば解る事だったかも……デメテルに謝らないと」

 ふと気が付くと、その場にいた達以外の面々が、全員驚いたような表情をして此方を見ていた。
とチャーリーって知り合いだったの?」
 唖然としたままのウィーズリー家の面々を代表してか、ハリーがそう尋ねた。途端にジニーや、フレッドやジョージ、ロンが同じ事を尋ね始めたので、とチャーリーは顔を見合わせ、プッと噴き出した。
「まさか! 知り合いも何も、会ったのは今日が初めてだぜ?」
「そうそう、会ったのはね」
「一体どういう事だ?」フレッドがどこかしら不服そうに言った。
「どうしてチャーリーがと知り合いなんだ?」ジョージがそう付け足す。
「会ったのはってどういう事?」ジニーが興味津々にそう言い、「どういう事なのか説明しろよ!」とロンが言った。
「説明するとだな――」目配せの結果、チャーリーが口を開いた。「ロン、いつだったかお前が、ドラゴンに噛まれた事があったろ? あの時にどうしたら良いかってが聞いてきたんだよ。その様子だと、お前は知らなかったみたいだけど」
 ロンは自分の名前が出た事にぎょっとして、口をぱかりと開けた。ハリーとハーマイオニーが、意味が解らないというようにロンを見る。「ドラゴンに?」「どういう事だ?」とフレッドとジョージが口々に言ったが、チャーリーはそれ以上その事には触れなかった。
「あの時にと会ったんだろ? はお前と別れた後に、すぐ俺宛に梟便を送ってくれたんだ。それから色々、薬とか送ってやったんだよ。考えてもみろよ、いくらマダム・ポンフリーでも、リッジバック用の解毒剤なんて持ってないぜ。お前があの時すぐに治ったのも俺のおかげなんだぞ」
「ほら、一年生の時いつだったか、廊下で会ったじゃない――」
「それ以上は言わなくて良いよ!」
 ロンはが言い切る前に、急いでそう言った。耳まで真っ赤になっていて、は悪いと思いながらもけらけら笑ってしまった。確かにロンにしてみれば、人に知られたくない事だったかもしれない。「に会ったってどういう事?」とハーマイオニーやハリーに詰問され始めたロンを余所に、はチャーリーが言った事に付け足しをした。
「それから、できれば弟達の様子を知らせてくれないかって言われたから、お礼と一緒に返事を送って」
「そしたらが、ドラゴン使いってどんな事するのかって聞いてきたから、色々と教えてやって」
「なんか気付いたらずっと手紙でやりとりしてるんだよね」
「多い時だと、デメテルは月に二回はイギリスとルーマニアを往復してるよな」
 デメテルというのはが飼っているメンフクロウの名前で、月に一度はルーマニアへの旅に出ている。いつでもホグワーツに居ないのは、そういう訳だ。デメテルは働き者だし体力もあるが、流石に一日でイギリスとルーマニアを行き来するのは不可能だ。どうやら今は、フレッドとジョージの部屋で寝泊まりしているらしい。ルーマニアからとんぼ返りしてしまう事になった彼を、は後でじっくり労ってやろうと思っていた。いくら普段から長距離飛行に慣れているとしても、やはり疲れたに違いない。
 ウィーズリー家の弟達は、半ば呆れたようにしてチャーリーとの顔を見比べていた。にはそれが驚いているようにも見えたし、何故だか拗ねているようにも思えた。弟妹達のそんな様子が可笑しかったのだろう、ビルが小さく笑っていた。


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