スーパーからの帰り道、突然地響きがし、轟音がの耳にも届いた。正直なところ、建物の倒壊などはよく目にする光景なので、それほど驚きはしない。が、嫌な予感がする。がらがらと今なお鈍い音が響いてくるのは、私の住むアパートの方向じゃないか?

 虫の知らせとでもいうのか、辿り着いた先にあった筈の私の家は、すっかり瓦礫となれ果てていた。もうもうと砂煙が巻き上がっている。これからどうしよう。左肩にかけるエコバッグがやけに重い。あれか、誕生日だからと浮かれてケーキなんぞ買ってしまったので罰が当たったのか。いや、もし製菓コーナーでの逡巡がなければ、今頃私はコンクリートと鉄骨の間に埋もれていたかもしれない。
 しかし――まだクリアしていないゲームがあったのに。見知らぬ怪人を恨む。
 呆然とアパートだった場所を眺めていたからだろう、に声を掛けた人がいた。そして振り返ってみればハゲが居た。
「大丈夫か? もしかしてお前の家あそこだったか」
 頷けば、先程よりも更に気の毒そうな声音で「そうかー」と呟いた。同情されている。
 禿げ頭でマントを付けたその人は、いやに見覚えがある。ぼんやりと眺めていると、やがてスーパーの特売日に時々見かけるお兄さんだと気が付いた。妙な全身スーツのようなものを着ていたから気付かなかった。
「ヒーローの方ですか?」
「おお。趣味でヒーローをやってる者だ」
 趣味でヒーローとはどういうものか。彼らの事情には明るくないが、ヒーローって趣味でできるものだったろうか。
 野次馬以外に人は見られなかったので、つるつるした頭の彼に「ありがとうございました」と頭を下げる。の行動が――家を壊された女の行動が――意外だったのかもしれない、ヒーローは少しだけ頬を掻いた。照れている、ように見えた。

「しかしまさか誕生日に住む場所を失くすとは……」
 アパートだったものを見詰めながら呟けば、「誕生日なのか」と隣から声がする。見てみれば先程のハゲ頭ヒーロー。まだ帰っていなかったのか。いや、単にの集中力がぞんざいで、少しも時間が経っていないだけか。何にせよ独り言を聞かれてしまった。気恥ずかしい。
「まあ生きてて良かったじゃねーか。運が悪けりゃ今頃押し潰されてたぞ」
「それ、さっき私も思いました。ケーキ買ってきて良かったです」
「ケーキ?」
「誕生日の。ショートケーキかチョコレートケーキか迷って時間食ってました」
 結局チーズケーキに、と言えばお兄さんは頷いた。
「あるな、それ。どっちにするか迷ってたら、結局別のにするっていう」
「何なんでしょうね、それ。別にチーズ好きじゃないんですけど」
「マジかよ……チーズケーキも美味いぞ」
「そうですよね。もう少し落ち着いたらゆっくり食べることにします」

 このアパートとはほんの数年の付き合いだったのだが、あっけない最後から目が離せない。此処で何があったのかをは見ていないが、少なくとも、建物なんてものは人間よりかはずっと頑丈なものだと思っていた。それが木端微塵になっている。隣に立つヒーローと何を話しているのかも解らないまま、は途方に暮れていた。ハゲのお兄さんはサイタマと名乗り、今度はもっと安全な所に住むんだぞと言って去って行った。公園のブランコに座り、一人で食べたチーズケーキは美味かった。これからどうしよう。



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