元から、セブルスはあまり流行り廃りに詳しい方ではない。
 それでも、彼女、が、以前巻いていたマフラーを失くしたとしょぼくれていたので、ついついホグズミード休暇の時に、普段行きもしないファッション店などに足を踏み入れたり、そういう事に詳しそうな先輩にそれとなく意見を聞いてみたりしたのだ(ルシウスが「解っているぞ」という顔でニヤニヤしてきたのには腹が立った)。しかし、いざやってきたを見てみれば、彼女は既に新しいマフラーを巻いているではないか。
 真紅の色をした、暖かそうなマフラーだ。
「やっほー、セブルス。話って何?」
「いや……」
 もごもごと言ったセブルスを無視して、は勝手にセブルスの隣までやってきた。どうやら幸運にも、とっさに後ろへ隠した包みは見られなかったらしい。
「その――」
「何?」
 セブルスがしていたのと同じように、地べたに何の躊躇もなく座り込むは、他からみれば女らしくない行為であるのかもしれない。しかしセブルスには、例え彼女が何をしていても、可愛らしく見えるのだ。夕食に嫌いなものが出てふて腐れているだとか、何気ない行動が一つ一つ可愛い。そんなの愛らしさに気付かないなんて、周りの男どもは何と馬鹿なのだろうとセブルスは思うし、同時に気付いているのは自分だけで良いとも思う。
 じとりと音の付きそうな視線を受けて、セブルスは何気なく顔を背けた。
 目を逸らす前に、膝を抱えた彼女の指先がちらりと見えた。ほんのり赤い。きっと、寒いのだ。
「セブルス?」
「……今日は良い天気だな?」
「え?」顔を見なくとも、が目を瞬かせたのが想像できた。「ええ、そうね?」
 いったい、僕は何を言っているのだろう。天気の事なんて、どうでも良いじゃないか。――天気の事なんて。
 ただ一言、そのマフラーはどうしたのかと問えば良いのだ。それが出来ない僕は、臆病者なんだろうか?

 視界の端に、少しばかり困惑したような表情のが映る。そういう顔をさせたかった訳ではないのだ。ただ、ほんのちょっぴりだけ、喜んで貰えればそれで良かったのに。
「セブルス? 話って何なの?」
「――良いんだ。もう忘れてくれ」
「ええ?」
 セブルスが言ったのを聞いたの声音は、納得できていないようにも、逆に全く理解できていないようにも聞こえた。そして突然、ずいっと覗き込まれ、思わず体を後ろにずらす。彼女の瞳が揺らいだのを真正面から見てしまい、しまったと思ったが、もう遅かった。
「なあに? 私、てっきり……」が言った。
「てっきり、何だ」
「それはこっちの台詞でしょう?」
 不審げな表情をしていたが、ついに小さく笑った。
「てっきり、お祝いしてくれるのかと思ったのに」がクスクスと笑った。
「お、お祝いって?」
 セブルスは自分の声が裏返りそうになるのを必死で堪えなければならなかった。ガラスでできたかのようなの瞳は今、まっすぐとセブルスを見詰めていて、セブルスだけを映している。
「私が今日、誕生日だから」目の前で自分を見上げるに、どきどきと心臓が脈打つのが解る。彼女の瞳の中に居る自分が、おどおどと見つめ返しているのが見えた。「てっきり、お祝いしてくれるんじゃないかなって」


 今のは、例えるならば小悪魔だろうか。彼女はきっと、此方が内心で動揺しているのを見抜いている。心臓が口から飛び出そうだ。僕の心臓はこんなにもドキドキと大きな音を立てて動いているのに、どうして彼女は平気なんだろう。
 こうして胸を高鳴らせているのは自分だけなのだろうな、と、どこかで冷静な自分が呟いた。
「……そのマフラー」
「ん?」
 セブルスが小さく呟くと、が問い返した。何と言ったか聞こえなかったようだ。
「そのマフラー、どうしたんだ」
 彼女はパッと身を離し、よくぞ聞いてくれましたという顔をした。
「これね、リリーに貰ったの! 誕生日のプレゼントにって」
 私の誕生日を覚えててくれて嬉しい、とか、私がマフラーを失くしたの知ってたみたい、とか、このマフラーとっても暖かいの、とか、そう言っては幸せそうににっこりした。
 セブルスは何の返事もしなかった。しかしゆっくりと、心の中に何かが広がった。
 そうか、リリーか。
 セブルスは自分の幼馴染みのことを思い出した。と彼女は仲が良いし、気配り上手な彼女がが愛用のマフラーを失くしたことを知っていてもおかしくはない。むしろ、が直接リリーに話したかも。何にせよ、彼女が今首に巻き付けているマフラーはリリー・エバンズからの誕生日プレゼントであり、セブルスが考えたような――誰か――誰か他の男から貰ったなんて、そんな――受け入れ難い事態ではなかったらしい。
 セブルスは、背中側に押しやったままの包みをそっと握った。中には、彼女へ贈られるためのマフラーが入っている。お洒落な洋装店で小一時間も悩んだ末に購入した、深緑色のマフラーが。
 僕の心臓が激しく音を立てている。しかし、先程までのそれとは違う。じりじり、じりじりと、渡せ渡せと訴えてくる。痺れを切らしたセブルスが無理やりマフラーを押し付けるまで、あと二分と三十五秒。それを見たが笑い出すまで、あと二分と三十七秒。



 リクエストして下さったゆみさんに限り、お持ち帰り可能です。スネイプは色々と不器用だったらいいなと思いました。リクエストありがとうございました。一日遅れてしまいましたが、お誕生日おめでとうございました。  111105 玄田

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