「あんの×××!」
!」
 セドリックがぎょっとして、そのままきょろきょろと辺りを見回した。しかしながら、叱るであろう教師は談話室には居る筈がないし、に立ち向かおうとする愚かな生徒もいなかったので、セドリックの気遣いは必要なかった。入学したばかりの一年生達は、皆すでにベッドに向かったらしく、見慣れない顔は一つもない。低学年はおろか、上級生も数える程しか残っていないようだ。まあ新学期の初日で、しかも既に十一時を回っているから、当たり前と言えば当たり前だが。流石のだって、ホグワーツに来た初日から新入生をビビらせるつもりなど毛頭なかったので、その辺りの配慮は当然だ。しかしどれだけ口汚い言葉でダンブルドアを罵ろうと、の気は晴れなかった。
 とセドリックは、今し方監督生の見回りから帰ってきたところだった。
「あんな×××、さっさと辞めさせられれば良いんだわ!」

 再びが「×××」と呼んだので、セドリックが今度は怖い顔をして睨んだ。
「腹が立つったらないわよ! 一体、何、『十七歳以上でないとエントリーは認められない』って」
「ダンブルドアもついに耄碌したんじゃない。だって今年十七歳になる人なら、それまでに十七歳になる人と、それほど知識も経験も変わんないじゃない。頭にくるわ。『十月三十一日の選抜の時点で、十七歳未満の者は』……ふんっ!」は鼻から思い切り息を吐き出した。「あのイカレぽんちの耄碌ジジイ」
「落ち着きなよ。ダンブルドアだって、何か考えがあってそうしたんだ」
「あら、まあ、勿論解ってるわよ?」はわざとらしくニッコリした。

「――てめえもだディゴリィィィィィ!」
「何が!」
 いきなり矛先が変わったので、セドリックは仰天し、思わずという調子で叫んだ。が形振り構わず喚いているのは珍しい事ではないが、セドリックが声を荒げる事は滅多に無いので、談話室中の目が二人の方を見た。が、今のには彼を気遣う余裕なんて最初から持っていない。
「『十月三十一日の選抜の時点で十七歳未満』……あんたは条件を満たしてるじゃない! 死ね!」
「……ああ、その事」
 納得したようにセドリックが小さく呟いたが、は聞いてもいなかった。
「あああもう! 何で選抜の日がハロウィンなのよ!」


 何を隠そう、の誕生日は十一月一日、選抜が行われる次の日だ。は今年六年生で、今度の誕生日で成人を迎える。無論、魔法界での成人だ。つまりは、十月三十一日のハロウィーンの日にはまだ、は三大魔法学校対抗試合の選抜基準を満たしていないのだ。対抗試合の代表選手にエントリーできるのは、魔法界での成人を迎えた、十七歳の生徒だけなのだ。
「十六年前のあたしの馬鹿! あと一日早く生まれていれば……!」
「君、いっつも『三十一日が誕生日じゃなくて良かった』って言ってるじゃないか。カボチャが嫌いだから」
「それにゾロ目だしね」はあっさり付け足した。「今はそんな事関係ないのよ馬鹿あああああ!」

「そんなにエントリーしたいのかい?」
「はあ? 当たり前じゃない」は叫び疲れ、静かにそう言った。
「僕は、あんまり興味ないけどな」
 セドリックの言葉をが呑み込むのに、少し時間が掛かった。
「はああああ?!」は再びヒートアップした。「あんたバッカじゃないの?! 一千ガリオンもあったら、家買ってもお釣りがくるわよ!」
 は何も、対抗試合で優勝した者が受けるべき栄光が欲しいわけでも、学校の代表になりたいわけでもない。賞金の一千ガリオンが欲しかった。
 勿論、はもしも自分が十月三十一日以前に生まれていたとして、無事に対抗試合に立候補できたとしても、自分がホグワーツの代表に選ばれたり、ましてや優勝なんてできる筈がないと思っていた。しかし、もしかするとと考えるのは楽しいし、エントリーできずに代表になれないより、エントリーして代表になれなかった方が、よっぽど良い筈だ。何より、たった一日の差で立候補できないという事、その事自体に今は腹が立っていた。
「そうかもしれないけど、考えてもみなよ。ホグワーツには千人も生徒が居て、その代表になるんだよ? 僕には荷が重いよ」セドリックが肩を竦めながら言った。
「そりゃ、あんたにはそうかもしれないけど」が言った。「あたしは違うわ!」
「エントリーすらできないなんて」
「諦めなよ、どうにもならない事だ。魔法省とも連携して決めたんだから、今更どうにも変えられないよ」
 歯噛みするを見て、セドリックはやれやれと首を小さく振った。


「そうよ!」暫くの間ずっと黙っていて、突然がそう叫んだので、向かい合わせの席に座っていたセドリックは、軽く体を揺らした。「そう……そう、そうよ」
「何が?」尋ねつつも、セドリックはあまり気乗りしてはいないようだ。
「あたしの代わりに、あんたがエントリーしたら良いんだわ!」

「……はあ?」セドリックがを見た。
「だってあんた、賞金には興味ないって言ったじゃない。あんたは栄光を、あたしは一千ガリオンを!」
「ちょ、興味ないとは言ってないよ! それに、僕が選ばれるわけがないじゃないか」
「馬鹿ね」はにやにやして身を乗り出した。
「ほら、ねーえ、だってセドは監督生だし、クィディッチのキャプテンもやってるし、ハンサムだし――」言われ慣れているだろうに、何故かセドリックはうっすらと頬を染めた。「――それに、もうすぐ成人だし、ウン、条件はピッタリじゃない。選ばれるわよ、絶対」
 早くもセドリックが学校の代表になり、数々の課題をクリアし、優勝杯を手にしている光景を思い浮かべ始めたは、慌てたセドリックによって現実に引き戻された。
「けど、そんなの……ありえないよ……」
「何がありえないっていうの? あんたは十七歳になるけど、あたしはならない。それがありえてるっていうのに、どうしてあんたが優勝できないのがありえないっていうの?」は当たり前のように言った。

 暫くして、セドリックがはあと溜息をついた。はそれを、承諾の印だと知る。
「毎回思うんだけど、の理屈は不思議だよね」セドリックが言った。
「お褒め頂き光栄だわ」先程までの不機嫌さはどこへ行ったのか、鼻歌まで歌い出しそうだ。
「ハロウィンの日、あんたは三大魔法学校対抗試合にエントリーするのよ。それで、賞金の一千ガリオンを、あたしにプレゼントする。そしたら誕生日もクリスマスも、これから一生何もくれなくて良いわよ」
「全額は勘弁してくれよ。僕だって一千ガリオンは惜しいんだ」セドリックが言った。
「じゃ、9:1ね」と、
「5:5!」
「9:1」
「5:5!」
「9:1」
「……4:6」
「9:1」
「…………3:7」
「オッケー」はにやっと笑い、呆れて物も言えないらしい目の前のセドリックを見た。

「良いかい、僕が代表に選ばれなかったからと言って、僕に当たらないでくれよ」
「勿論よ。だってセドは選ばれるもの」
「おい」セドリックは眉根を寄せたが、は聞く耳持たずクスクス笑うだけだ。
「七百ガリオン、ちゃんと覚えといてよ?」
「解ってるよ。で、君は何をしてくれるんだ? 僕が優勝したら」
 は目を丸くした。「そうねえ……」
「じゃ、何でもいう事聞いてあげるわ。七百ガリオン寄越せって事以外」
 ずっと眉を寄せてを見ていたセドリックが、やっと小さく笑った。
「オッケー」セドリックが言った。「君こそ忘れないでくれよ」


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