「よォ」朝っぱらから嫌なものを見た。「おい、無視すんなよ」
「したくもなるわよ。何なの? 十秒以内に答えて。そして私の前から消えてちょうだい」
「明日俺の誕生日なんだ。祝ってくれ」
 は目の前の男、飛段を、目を細めて見遣った。しかしながら、飛段は超ど級のマゾなので、がどれほど口汚く罵っても、今のように蔑んだ目で見ようとも喜ぶので、対処の仕様がない。思った通り、今も彼はの冷たい目線を受けると、恥じらうようにほんの少しばかり頬を染めた。きめえ。
「もっとマシな嘘はつけないわけ?」
「ハァ? 嘘じゃねーよ。てか、何でに嘘つかなきゃなんねーんだよ」
「今日はエイプリルフールでしょ。馬鹿じゃないの」
「えいぷりるふーるって何だ」
「……」は押し黙った。誰か角都を呼んできて欲しい、切実に。
 本当にエイプリルフールが何なのか、飛段は知らないらしく、「なあ、えいぷりるふーるって何だ?」と何度も尋ねた。苛々したが、「嘘をつく日よ」とぞんざいに言い放ったのも仕方がない。
「何で嘘ついて良いんだよ。わけわかんねー。ってか嘘ついて何が楽しいんだ?」
「さぁね。あんたには理解できないような理由なんでしょうよ」
 は踵を返しかけたが、その前に飛段がの肩を掴み、そのまま再び元の位置に戻らせた。
「ちょちょちょちゃーん、本題はまだ終わってねーって」
「あんたと話してると苛々してくんのよ」
「……お? 怒っちゃう? 怒っちゃった? 俺、になら殺されたっていーぜ」
「三回死ね。そして二度と生き返んな。死ね」
 が吐き捨てるようにそう言うと、飛段はどこか嬉しそうな顔をした。嬉しそうと言うより恍惚としている。きめえ。
 しかし罵られるだけで喜べるものなんだろうか。理解できない。こいつ、もしかしてアレじゃないか? 私が困ってるのを見て喜んでるんじゃないか? 実は真性のサドなんじゃないのか。

「ってそうじゃねえよ。だから俺、明日誕生日なんだって。何かくれよ」
「もっとまともな嘘つきなさいって言ってるでしょ」
「だーっ、明日俺ホントに誕生日なんだって! 登録票で確認してくれよ!」
「馬鹿じゃないの? アンタ抜け忍でしょうが」
 冷たく言い放つと、飛段はうーうー唸り出した。彼は元から頭脳派などでは決してなく、その特別の体を駆使して闘う肉体派だ。どう言えばに伝わるのかと、必死で考えているのだろう。もっとも、だって彼が嘘をついていない事ぐらいは先程のやりとりで解っていた。が、こいつの態度が癪なのだ。
「一つ聞くけど」があっさり言った。「私の誕生日が今日だって言ったら、アンタどうするわけ?」

 飛段は真正面からを見詰め直した。そうやって目を見開いて、口を開けるといっそう馬鹿に見えると前に指摘したのに、少しも直っていない。
「えー……と、それは、嘘……か?」珍しくも、用心して尋ねている。
「例えばの話よ。で、どうなの?」は尚も尋ねた。
「そんな事言われたって、別に何もしないでしょ? だから私だっ――」
「俺だったらよー、まず、おめでとって言うだろ? それから、何して欲しいか聞く。でも、アー……はあんま俺に何して欲しいって言わねェよな。じゃ、あれだ、欲しいモン買ってやる。何が欲しいかって聞いてよー。俺、あんま金は持ってねーけど、角都に言えば貸してくれると思うし、何だって買ってやるぜ?」
 を無視して、飛段は「誕生日にはケーキが要るのだろうか」だの、「でもそれに刺すローソクの数が解らん」だの、一人で言い始めた。暫くの間、彼はぶつぶつと呟いていたが、どうやら良い考えは浮かばなかったらしい。
「なあ、はどうして欲しいんだ?」
「……例えばの話って言ったじゃない。それより、アンタは私に何して欲しいの?」
 が尋ねると、飛段はきょとんとした。
「え? あー……まず、メシ作って欲しい! そんで、一日一緒に居て欲しい」

 は、少しの間、目を細めたままで飛段を見詰めていた。
 やがて黙って踵を返したに、飛段が慌てた。先ほどと同じように、飛段はを引き留めようとしたが、だって抜け忍の一人だし、二度も捕まってやる義理は無い。無論、飛段の右手は宙を掻いた。
「おい、ちょっ……」
「――明日、一日空けときなさいよ」飛段がその言葉を聞いた時には、は既に瞬身の術で消えていた。


   戻る