目が覚めたのは、どうも息苦しかったからだ。
 朝、起き出した時に目に入るのは木目の筈だった。昔に雨漏りしたらしく、実に奇妙な模様を描いている天井は、下級生の時分に見れば背筋がゾクッとしたかもしれない。しかし今のは泣く子も黙る忍術学園の六年生、もっともプロ忍に近い学年だ。雷も暗闇も、今は何とも思わない。目を開けた時、ゾクッとしたのはまったく別の意味だった。
「……三治郎?」
「あ、先輩お早う御座います!」
 はい、お早う御座います。なんて返せる心の余裕はなかった。
 何故、何だ、何が起こった?
 目の前には一年は組、夢前三治郎のにこにこ顔。委員会の後輩だ。もっとも、は自他共に認める面倒くさがりなので、後輩の顔なぞ自分の所の委員達しか覚えてはいない。放課後に飼育小屋で顔を合わせるならともかく、の盛大な勘違いでなければ、今は朝方の筈だ。証拠には蒲団に入ったままで、寝間着のままだ。どうして三治郎が自分の部屋に居るのか。

 元来、は寝覚めの良い性質ではなかったが、今度ばかりは一瞬で覚醒した。後輩の夢前三治郎が自分の胸の上に乗っかっている。しかも、どうも滑るらしく、だんだんとの首を圧迫してきている。
「一体、三治郎、どうして此処に居るんだ? そして何故俺の上に乗っている」
「僕達も居まーす」
 三治郎は返事をしなかった。しかし彼の代わりに三つ分の良い子の返事。三治郎がひょいと身を屈めると、彼の後ろから虎若が、向かって右には孫次郎が、反対側からは一平が顔を覗かせた。生物委員の一年生四人が、揃いも揃っての部屋に居て、しかも全員がの上に跨っている。新手のいじめだろうか。
 寝首を掻かれる訳では無さそうだ、と頭の中で忍としての自分が安堵の息を吐き、そしてもう一方での情報処理能力が機能しなくなってきていた。つまり、半分ほどパニックを起こしているのだ。
「……取り敢えず、のいてくれ、三治郎」
 溜息が出そうになるのを堪え、はやっとの事で普段の声を捻り出した。
「嫌でーす」


 一瞬、は呆けてしまった。
 オイオイオイ、今この子なんて言った? 嫌だって?
 もしかして、自分は夢を見ているのか。これが巷で噂の金縛りという奴か。それとも、目の前でにこにこ笑っているのは実は一学年下の変装名人だったりするのか。それにしては体重が軽すぎるだろう。一年生四人分の重みを感じはするが、年の近い男が乗っている気はしないし、いくら彼でも体の大きさを変える事はできなかった筈だ。
 三治郎や彼らは、普段良い後輩だ。言われたとおりの事をこなそうと頑張るし、よく働く。今までの一度だって、委員長であるの言うことを聞かなかった事なんて無かった筈だ。それなのに、笑って拒否された。嫌だと。

 は何も言わず、ただ黙って三治郎の顔を見ていた。にこにこと笑っているこの後輩は、ちょっとやそっとじゃ本心を見抜く事はできない。順忍の才能があると思う。
「だって先輩、僕達がどいたら飼育小屋に行くでしょう」三治郎が言った。
「ん? ああ、まあ……そうだろうな」
 無言の見つめ合いの後、漸く三治郎が口を開いた。しかしには、彼が何を言おうとしているのか未だ解らない。肯定してやると、再び三治郎が言った。
「先輩はお仕事のし過ぎです。ワーカーホリックです」
 おい誰だ横文字教えたの。ちょっと使い方間違ってないか。
 が黙っているのを良いことに、虎若が「今日はお休みなんですよ」と口を出し、孫次郎が「僕達、先輩に休んで貰おうと思ったんです」と付け足した。一平までが、「だから先輩、今日はもっとお寝坊して下さい」と言い放つ始末。
「僕達、先輩がゆっくり休んでくれるまで、絶対此処を動きません」


 つまり。は考えた。
 つまりアレか、俺が働かないように、こうして上に乗っかっているわけか。まあ、確かには、他の委員達と比べても、よく働いている方かもしれなかった。授業以外の時間、は大抵動物の相手をしているか、土を弄っている。授業が一つもない今日のような日でさえ、が考えているのは飼育している動物や虫達の事だ。
 は三治郎の顔を見詰めたまま、首謀者は誰だろうと考えた。三治郎が言い出しっぺだろうか。取り敢えず孫次郎、腹の上であまりもぞもぞ動かないでくれ。
「……解った、解ったよ」
 内心で竹谷に謝りながらも、はついにそう言った。
 たかだか十一歳の少年が四人、いくら忍たまだと言えど、こちらは忍たま六年生だ。無理矢理動こうと思えば、彼らを振り落としてしまう事くらい訳はない。しかしにはそんな事は出来なかった。
 が彼らの言いなりになる事が解ったのだろう、三治郎を始めとして、一年生の良い子達はそれぞれとびっきりの笑みを寄越した。


「なあ、一つ聞くけど、どうやって俺の部屋に入ってきたんだ? 大変だったろう」
「食満先輩が手伝ってくれました!」
「……へえ」
 オーケー把握した。食満留三郎終了のお知らせである。
 再度上から降りるように頼むと、彼らは今度は素直に従ってくれた。蒲団をちょいと捲ってやると、そのまま潜り込んでくる。誰も出ていかなかったので驚いた。いくら一年生とはいえ、全員がすっぽり収まる事など出来る筈がなく、達はぎゅうぎゅうと押し合って何とか形になった。暖かいのは歓迎するが、冷えきった足をピッタリ貼り付けるのはやめてくれ。その後、含む全員が朝寝坊を決め込んでしまったのは、言うまでも無い事である。


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