「あ」ロードがぽつりと声を漏らした。
 は何事かと彼女の方を見る。
 浅黒い肌、額に浮き出ている十字の聖痕、ロードはノアの一族だ。しかも、とびっきり可愛い。美少女だとか、そんな台詞だけでは表しきる事は不可能だ。ロードのあのくりくりとした瞳で見詰められて、首を横に振る人間など居るだろうか。居ないだろう。
 彼女はひょいと立ち上がり、そのままの方へとやってきた。
「今日ってえ〜、の誕生日だよねえ?」
「……そう言えば、そんな気がする」
 がそう漏らすと、ロードは「自分の事なのにい〜」とクスクス笑った。
 誕生日。確かにそうだ。今日は私が生まれた日だったかもしれない。

 ロードは立ったまま、いつものように棒付きの飴を舐めている。レロが居れば行儀が悪いと怒るかもしれないが、は怒らない。ロードのすること為すことを咎めようという気にはならない(というより、生まれ変わってもそんな気にはならないだろう)し、元よりはマナーに五月蠅い性質でもなかった。
 ちろ、と彼女の赤い舌が覗いた。
「お誕生日おめでとぉ。さっき気付いたから、何にも用意してないや。ごめんねえ?」
「そんな、気にしなくて良いのに」
 はそう言って微笑んだ。
 何にしろ、ロードは口で言う程「悪かった」とは思っていないだろう。それには誕生日だという事すら忘れていた上、彼女の口から「おめでとう」という言葉が聞けただけで嬉しかった。

 ロードは飴を舐めながら、何事かを思案しているようだった。
 は椅子に座ったままだったから、目の前までやってきていた彼女を見上げる形になる。ロードは視線を宙に漂わせたままだった。静かな部屋の中で、ちいさく「ざり」という音が耳に付いた。どうやら、ロードが飴に歯を立てたらしい。
「コレを――」ロードは口元から離したキャンディをひょいと振った。うずまきが小さく欠けている。「――あげようかとも思ったんだけどお、それじゃああんまり普通だしぃ」

 ロードは「それに、僕の飴をあげたくなぁい」とも付け足した。
 素直な彼女の言葉に、は思わず微笑んでしまう。そしてふと、唇に何かが掠めた。くちゅ、くちゅくちゅ、くっちゃり、くちゅり。最後にくちゅりと水音を立てて離れた彼女の舌は、先程まで飴を舐めていたせいだろう、僅かに甘かった。
「美味しかったあ?」
「うん……」
 ロードは既に、飴を舐める作業に戻っていた。
 頬が赤くなっているのは、どうやらだけらしい。
「ロード」
「んん〜?」
「ありがとう」
 ちゅぱっと小さなリップ音。「どういたしましてぇ」


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