そのことに気が付いたハリーは、まず最初に自分の目を疑った。そして次に、館の主であるシリウスに尋ねた。シリウスはそれを肯定した。てっきり自分の見間違いか(屋敷しもべ妖精くらいの背丈だったので、クリーチャーを見間違えたのかもしれない、と、思わないこともなかったのだ。実に失礼な話である)、幽霊の類かと思ったのだ――ブラック邸に、小さな女の子が居る。 小さな女の子と言っても、ジニーやハーマイオニーなんかも自分よりはよほど背が低いから、小さな女の子と言えなくもないのだが、そういう身長的な小ささでなく、年齢的に小さな女の子だ。三、四歳だと思う。小さな女の子との関わりなど、今までの人生で無に等しかったので年齢などよく解らないが、まあその位だと思う。 ちらちらと姿を垣間見るばかりだったが、つい先程、一緒に昼食を取った。大人しい子だった。少し会話もした。四歳だそうだ。当たっていた。 ロンとハーマイオニー、どちらかの妹という可能性は有り得ない為、騎士団の中の誰かの娘なんだと思う。 シリウスに、シリウスの娘ではないのかと尋ねると、彼は犬の吠え声ほど大きな声で大笑いした。そしてものの数分は笑い続け、しまいには腹が痛いと笑い泣きするほどだった。違うらしい。の年齢を逆算してみろ、どうやって私に娘なんて授かるっていうんだと、シリウスはヒィヒィ笑いながら告げた。言われてみればそうである。シリウスはまだ笑っている。そろそろ立っているのがやっとになってきたようだ。しかし、一体どうしてシリウスの娘だと思ったのだろう。 じゃあいったい、誰の娘なのか。 尋ねると、シリウスは言った。マッド‐アイさ、と。 じっと見詰め続けていると、ついにムーディは折れた。 「一体何なんだ、ポッター。さっきから」 ハリーは尋ねる。がムーディの娘だというのは本当なのかと。 ムーディは頭を抱えた。 の目は右も左もコインほど大きな青い目をしているわけではないし、そもそも少しも顔が似ていない。というかむしろムーディの遺伝子を持った女の子が、あんなに可愛らしい女の子な筈がないと思う。それに何より、年が離れすぎているだろう。 ハリーが自分の考えを話すと、傍で聞いていたトンクスが笑い始めた。ムーディが怒鳴ったが、トンクスは笑うのを止めない。 ムーディはひどく苛々した調子で舌打ちを一つ寄越し、それからを引き取る経緯を話し始めた。 内容は、なかなかにヘビーだったので省略する。 要約すると、彼女が勿論ムーディの実の娘ではないということと、ムーディがばたばたと動き回っているから家に一人残しておくわけにもいかないので、こうして騎士団の本部に預けているということである。 「これで満足か」 ムーディはひどく不服そうである。そしてハリーは頷けなかった。 マッド‐アイに「パパ」なんて似合わないわよね、とはトンクスの言である。ムーディが再び「トンクス!」と怒鳴ったが、彼女はどこ吹く風だ。曲がりなりにも親代わりなんだから、もう少し親らしくすれば良いのにねとも。同感である。 彼女はどうやら、ハリー達が屋敷の掃除をしている時など、ずっと宛がわれた部屋に籠っているらしい。確かに屋敷の掃除は小さな女の子に手伝わせるにはちょっとばかり危険すぎたし、ムーディが本部に居ることなど殆どないから仕方ないのかもしれない。しかしそれなら、今くらいはムーディと一緒に居ても良いのではないだろうか。は今も、自分の部屋に居るらしい。ハリーがそう言うと、ムーディは何やらぶつぶつ言った。言い訳のようだった。 「考えてもみろ。どうやって接しろというんだ。それに、あんな小さな子供がわしなんぞ好くわけなかろう」 まあ確かに、ムーディの恐ろしい容貌は子供に恐れられるだろう。 しかしながら、それは子が親を愛さない要因にはなり得ない。 粗大ゴミのように扱われるでもなく、腫れ物のように扱われるでもなく、まるで居ないかのように扱われるでもないのだ。ハリーの考えによると、ムーディはのことを嫌っているわけでも、疎んでいるわけでも、憎んでいるわけでもない。ただ少し、戸惑っているだけだ。子が親を好く理由としては充分だ。有り余るほどだ。それに、見たところ、の方も――。 トンクスの発言を再び繰り返すと、ムーディはハリーにまで怒鳴った。 「うるさい!」言い返せなくなったらしい。「とっとと掃除に戻れ!」 屋敷の掃除をやりたくなくてムーディの所を訪れたと思われるのは、心外である。ハリーは退散することにした。背後からはまだトンクスの笑い声と、苛々と怒鳴るムーディの声が聞こえていた。 その日、ハリーはの部屋を訪れた。訪問者を認識したの喜びようと言ったらなかった。どうやらに会いに部屋まで来る者はそれほど多くないようだ。ジニーのお下がりを着ているは、とても可愛らしい。今まで生きてきた中でこれほど幼い子に触れる機会など確かになかったが、妹が居たら毎日が楽しいだろうなと思わせる。可愛い。 一人で何をしていたのかと尋ねると、埃が舞うのを眺めていたという。きらきら光って見えて退屈しないのだと。身に覚えがある。にっこりと、本当にうれしそうに笑うは、ハリーの涙を誘う。まあ流石に泣きはしなかったけど。 ムーディのことをどう思っているのか。そう問うと彼女の笑顔が少し曇った。 「ムーディおじさまは――」ハリーは噴き出しそうになるのを必死の思いで堪えなければならなかった。「――たぶん、私のことが嫌いなの。でも私はおじさまのこと好き。それでいいの。私が一緒にいると、メイワクになるもの」 ムーディがそう言ったのかと尋ねると、は首を横に振る。 よかった。内心で一人ごちる。もしそうだったら、彼に許されざる呪文をかけることになっていたかもしれない。 ムーディに服従の呪文を掛けて、に愛の言葉を囁かせるのは、結構良い考えかもしれない。偽者ではあったのだが、ハリーは去年受けた仕打ちを覚えていた。ムーディはきっと、頑固で、そして意地っ張りなのだ。あの恥ずかしさを味わわせてやりたい。ちくしょう偽者め。しかし、授業をしていたのが例えムーディ本人であっても、生徒達に服従の呪文をかけたんじゃないか。そう思わせるのは流石マッド‐アイだと言わざるを得ない。 ハリーは言った。ムーディがを嫌ってなどいないということ。君をこうして一人で居させるのは、君の事を信頼しているからであるということと、彼自身がにどう接していいかと困っているからだということ。 「本当に――?」 ハリーはああと頷いてみせる。 彼女に視線を合わそうと跪いていた為、すぐ目の前で花が咲いたように笑うのを見てしまったハリーは、俗に言う「ロリコン」の気持ちが解ってしまった。辛い。実に辛い。色々な意味で。大事なことだから二回言った。 そうだ、今度からアラスターおじさまって呼んでやると良い。そう言うと、はきょとんとハリーを見る。ハリーはただ優しく微笑むだけだった。 その日から、不死鳥の騎士団本部で見掛けるムーディの傍にはいつもが居た。あひるの雛のように彼の後をついて回る様は、皆の心を癒した。ある種の名物になった。ジニーだけは、私の妹にしようと思ってたのにと憤慨していた。曰く、がムーディの所へばかり行くせいで、触れ合う機会がぐんと減ったとのこと。それでもが嬉しそうに笑っているのを見ると、彼女とて和やかな顔になる。 つい先日など、椅子に腰掛け預言者を読んでいるムーディの、その膝にが座っていた。ムーディの表情は新聞に隠れて見えなかったが、は嬉しそうだった。ハリーはいつぞやのように噴き出しそうになるのを死ぬ気で堪えなければならなかった。新聞によって死角になっていた筈だが、多分ムーディにはばれていたと思う。魔法の目のせいもあるが、そうでなくてもばれていたと思う。しかし『アラスターおじさま』は膝にが座っているからか、特に何も言わなかった。にやにやと笑みの隠せないハリーと青筋を浮かべるムーディが黙って睨み合う中、は幸せそうににこにこと笑っていた。 |