十一才の誕生日が来てからの一年は、すぐに過ぎ去っていった。は知らず知らずの内に、ホグワーツへ行く事を楽しみにしていたのだ。家の中に閉じこもっていたところで、楽しい事は一つも無いからだ。
しかし性悪の屋敷しもべ妖精が見送りの際、今日はさめざめと泣いていた。はそんなしもべを初めて見た。いつも、が偉大なる一族に相応しい行動をして下さらないだとか言って嘘泣きをするのに。クリスマスぐらいは。休暇の時ぐらいは、陰気くさいこの家に帰ってやろうとは思った。
はキングズ・クロス駅に一人で行く事が出来た。思いの外、一人だけで来ている生徒――しかも、一年生だ――は居ないようだった。の従兄弟のように、両親と共に来て、彼らに見送られる、そんな生徒が大半のようだった。は彼が母親に優しくキスされているのを、彼の後ろで見ていた。
「あなたもよ、。元気でいてね」
叔母が優しく微笑んだ。そして彼女は自分の息子にしたように、の額にもふんわりとキスをした。
真っ赤なホグワーツ特急は、すぐにホグワーツへと生徒を連れて行った。達はホグズミード駅で上級生の集団と別れて進み、そして小舟に乗って巨大な湖を渡った。湖を無事に渡りきることが、一年生が最初に受ける伝統の儀式の一つであると、は『ホグワーツの歴史』を読んでいたので知っていた。船を下りた皆が次はどうするのかとキョロキョロとしているのは、ばかみたいだった。
「ホイ、おまえさん! これ、おまえのヒキガエルかい?」
「トレバー!」
遠くから、そんな声が聞こえてきた。どうやら、先程メソメソと泣きべそをかきながら、ヒキガエルを探して歩き回っていた少年のペットが見つかったらしい。良かったねえ、は無感動にそう思った。ヒキガエルだなんて、一世紀前に流行ったようなペットを欲しがったのは一体誰なのかなんて、全く気にもならなかった。
城の入口で、新年生達の引率が、森番の大男からエメラルド色のローブを着た魔女に替わった。魔女は一年生を引き連れ、玄関ホールを通り、大広間であろう部屋の隣の、小さな部屋へと達を入れた。
「ホグワーツ入学おめでとう」マクゴナガル先生がそう挨拶をした。
教授はそのままホグワーツの寮について説明し、一度部屋を出ていったがすぐに戻ってきて、一年生に付いてくるように言った。マクゴナガルが言うままに一列になって、一年生は大広間に入った。何千何百という顔が一年生を見ていて落ちつかない気分になり、は天井に掛けられた魔法が一体どういう仕組みなのかを考えるのに忙しくなった。
マクゴナガル先生が四本脚のスツールを置き、その上に古ぼけた帽子を置いた。組み分け帽子は寮の特性を歌った独特の歌を歌い、それからマクゴナガル先生が言った。
「ABC順に名前を呼ばれたら、帽子を被って椅子に座り、組み分けを受けてください」
アボット、ボーンズ、ブート、ブロックルハースト、ブラウン。アルファベットの順番に従って、新入生は次々と呼ばれていき、組み分けされていった。組み分け帽子が寮の名前を叫ぶ度に、大広間に置かれている四つのテーブルの内のどれかから、割れんばかりの拍手が鳴り響いた。グレンジャー、ゴールドスタイン、ゴイル、グリーングラス。Gが終わった。は自分が知らず知らずの内に、緊張していたのだと悟った。
Hが終わって、Iに移った。なんだ、こんなの、お偉いさんのパーティで当主らしく振る舞う事より、ずっと簡単じゃないか? JがKになった。の目が自然にスッと細められた。
の名前が呼ばれた。
大広間中でざわざわが広がったし、教職員達までもが顔を見合わせたりしているのを、は横目で見た。しかし何も気にならなかった。は椅子に座り、組み分け帽子を被った。
帽子は大きかった。がそうしようと思えば、きっと首元まで覆い隠す事が出来るだろう。どうしてわざわざこんなに大きなのを使うんだろうと訝しがると、頭の中で、それは私がゴドリック・グリフィンドールの帽子だからだよ、と組み分け帽子が喋る声がした。
「フーム」帽子が唸った。
「ふうむ……君は賢い。大いに賢い。勇気もある、そして忍耐も十分にある……」
「それなら、スリザリンが良い」
がそう思うと、帽子はさも意外だと言っているような声で、「本当に?」と聞き返した。
「本当にそうかね? 君は
本当にそう思っているのかね?
君が欲しいものは別にあるのではないかね? 勿論、君はスリザリンに入る素質を持ってはいる」帽子が言った。
しかし組み分け帽子はが再びスリザリンを希望すると、それ以上は聞き返さなかった。
「ふむ、君がそこまで望むなら悪くない。きっと上手くやっていけるのだろう。思えばブラック家の子は皆大抵スリザリンに入ったものだ。君はそっちの血が濃く出ているのだね。そう……君のお父さんとお母さんもスリザリンだった。――ならば、よし、
スリザリン!」
熱狂的な拍手に迎えられながら、・レストレンジはスリザリンの席に着いた。そこに居た誰もが、が組み分け帽子に長く悩まれていたのだと、全く考えなかったようだった。同じ寮になれて光栄だとか、ようこそスリザリンへだとか、そういったおべっか全てににこやかに答えながら、は別のことを考えていた。
帽子が何故、あそこまでの組み分けを悩んだのか――というよりもあれは、僕がスリザリンに入るのを渋っていた?――が気に掛かっていたのだ。それに、帽子の言った
欲しいものは別にあるのではないかね?という言葉が、の心の中に小さなしこりのように残っていた。
僕は、レストレンジ家の人間なのに。
は魔法界でも旧家に分けられる、レストレンジ家の嫡男だった。純血の中の純血だ。スリザリンは純血を重きに置くはずじゃないのか? それとも、僕には狡猾さが無いとでも言うのか?
・レストレンジがスリザリンじゃないなんて、ありえないじゃないか。
残りの組み分けを眺めながらも、はずっとその事を考えていた。どこの誰がどの寮に組み分けされただとか、を驚いたような怖がっているような、そんな言いようのない表情で見詰めていた、何処かで見覚えのある少年が、悩まれた末にグリフィンドールになっただとか、は全く興味が湧かなかった。
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