返事はすぐにあった。現れた部屋の主は、来訪者がフレッド達だと確認すると、ひどく不服げに顔を顰めた。随分と嫌われてしまったらしい。はフレッドとジェームズの顔を見比べ、「またお前さん達か」と溜息を吐き出した。
 フレッドが「ひどいな、先生と僕達の仲じゃないか」と言う前に、ジェームズが素っ頓狂な声を上げた。「テディ! 一体、ここで何してるの?」

 部屋の奥を覗き込むと、来客用のソファーにテディが座っているのが見えた。ぱっと髪の色が変わり(何故か、フレッドと同じような赤毛だった)、いつもの鳶色の髪に戻る。の部屋にテディが居たことも驚きだが、彼が変身していたこともちょっとした驚きだった。テディは「七変化」だったが、それを見せびらかしたりしないのだ。僕が七変化だったらもっと洒落た悪戯をしてみせるのに、とはジェームズの言だ。フレッドも八割方同意している。
「やあジェームズ。それにフレッドも」
 テディがそう言って手を上げたので、フレッドとジェームズも「やあ」と挨拶をした。今年六年生になったテディ・ルーピンは、フレッド達の先輩だった。そして幼馴染みでもある。テディはポッター家によく出入りしているので、フレッドも彼のことは昔から知っているのだ。少しおっちょこちょいなところもあるが、ユーモアもあって面倒見の良い彼のことをフレッドは好いていた。
「課題を見てもらっていたんだ」
 薄っすらと微笑みを浮かべるテディに、フレッドは小さく頷く。確かに、テディととの間にある机には、羊皮紙やら参考書やらがいくつか並べられていた。隣ではジェームズが「狡いや! 先生僕らはなかなか入れてくれないのに!」と喚いていた。
 しかし――レポートを見て貰うだけで髪が赤くなるだろうか。フレッドは少しだけ不思議に思った。もっと別のことを話していたのではないか、そんな気がしてならない。フレッドはじいとテディの顔を見詰めていたが、ふとの表情を見て考えることをやめた。はひどい顰めっ面をしていた。
 彼はよくこういう顔をする。多分、可哀想なことに、表情の基本形がこの顔なんだろう。逆にフレッドは顔のにやけが止められなくなっていた。隣に居るジェームズも、同じような顔付きになっている。
「馬鹿言え」が刺々しく言った。「お前さん達ろくな事せんだろが」
「何てことだ! 先生、それじゃ僕達がまともじゃないみたいじゃないか」
 フレッドの言葉に、ジェームズも「僕らだって質問くらいあるぜ。どうしてタコ脚でなく、クラゲ脚なのとかね」と付け足した。先生が鼻の頭に皺を寄せたので、フレッドは勝利を確信した。は見た目はちょっと怖いが、口喧嘩は下手くそなのだ。彼は一人っ子に違いない。
 先生がはあと溜息を吐いた。
「お前さん達、本当は顔の違う双子なんじゃねえのか?」
「よく言われる」フレッドとジェームズが口を揃えて言った。
「僕は、そうだったら良いなって思ってるんだ」
 ジェームズがそう言いながら何故だか胸を張ったので、フレッドは思わず笑ってしまったし、最後には先生も苦笑をこぼしていた。

 折れたのはだった。フレッドとジェームズ、そしてテディは今、ジェームズの透明マントを被っての後ろを歩いている。まだ日は高いし、そんな必要もないのだが、念の為だとは言った。
「ええか、もし俺がお前さん達を禁じられた森に連れて入ったなんて言われたら――」
 部屋を出る前、真剣な顔でそう言っていたは、親指を立て、首の前でさっと横に動かした。
「元から一年ぽっきりじゃないか」ジェームズが肩を竦めた。
 先生は今年、闇の魔術に対する防衛術の教師としてホグワーツに雇われていたが、元から一年だけだと公言していた。その件について彼自身は何も言わなかったが、どうも、査察の意味合いが強いらしい。ハグリッドがそうこっそり教えてくれたのだ。教育のカリキュラムが変わるとか何とかかんとか。は魔法省の役人だった。「馬鹿言え、省の方だ」
「ああ、なるほど」フレッドが言った。「そして奥さんと子供にも見捨てられると」
 にやっと笑みを浮かべると、は顔を顰め、机に飾ってあった写真立てを倒した。緑の額縁の中で、と小さな赤ん坊を抱いた女の人が映っていた。彼の様子からして、彼の妻と子供に間違いないのだろう。フレッドはそれこそホグワーツを入学する前から彼と付き合いがあったが、結婚していたとは知らなかった。
 反人狼法が改正された今がどうかは知らないが、以前の魔法界では狼人間の就労がほぼ不可能だった。そして、先生はその影響を受けた一人だった。彼は狼人間だ。就職さえ困難だった彼は、フレッドの父、ジョージ・ウィーズリーのW.W.W.で働いていた時期があったのだという。どうも、それ以前からの知り合いだったらしい。十年以上も前の話だったが、叔父からよく聞かされるおかげで、フレッドも知識としては知っている。
 叔父は事あるたびに「が店番だと売り上げが伸びる」と愚痴っていた。先生はハンサムだったので、女性客に受けたのだろう。そして、ロンはそれが気に食わなかった。
 パパが先生に頼めば良いって言ってたんだとフレッドが言えば、義理堅い彼は断れなくなる。今回もそうだった。
「そりゃいいや」ジェームズがにやりと笑いながら言った。「で、独身になった先生とヴィクトワールが結婚する」
 完璧だ、と頷いているジェームズは、随分とのことを慕っているらしい。フレッドだって彼のことは嫌いではなかったが、身内になって欲しいとまでは思わなかった。フレッドは先生と親戚の誰か(自然とヴィクトワールが浮かんだ)が結婚しているシーンを想像したが、どうもしっくり来ない。
 フレッドだって、従姉のヴィクトワールがこの若い防衛術の教師に熱を上げていることは知っている。しかし、それをこの場で言うことはないんじゃないかと思った。テディが真顔になっている。
 テディ・ルーピンがヴィクトワール・ウィーズリーに恋をしている――グリフィンドール塔では割と知られた話だったが、元々ジェームズは人の感情の機微に疎いところがあったし、仕方のないことかもしれなかった。しかし、どうももそうらしい。彼は三度目の「馬鹿言え」を言った。テディの表情の変化に少しも気付いていない。
「ともかくだ。俺は確かに、お前さんの――」フレッドを指差した。「――親父さんに借りがある。ジョージに頼まれたとあっちゃ、嫌とは言えねえ。だが、ええか、お前さん達がちゃんと俺の言うことを聞くと誓うならだぞ」
「誓うよ」
 二人が口を揃えて言った言葉を、は信用していないらしかった。確かにフレッドもジェームズも、森に入ってから彼を上手く撒こうと思っていた。そしてそうした考えがばれていたのだろう、だからこそは、禁じられた森ツアーにテディも誘ったのだ。テディは最初、校則破り特有の雰囲気に渋っていたが(何せ、彼は監督生だ)、「ええもん見せてやるぞ」という言葉に結局頷いた。


 フレッドとジェームズが異変に気付いたのは、ハグリッドの小屋を過ぎた辺りだった。は一向に森へ入る気配を見せず、黙々と森の際を歩いていたのだ。
「先生、騙したんだな!」フレッドが言うと、先生はちらっと後ろを振り向いた。姿は見えていない筈だったが、しっかりとフレッド達の方を見据えている。
「森に連れていってくれるって言ったのに!」
「連れていってやるとは言うたが、入れてやるなんて一言も言っちょらん」は大きく笑った。「お前さん達も修行が足りんな、え?」
 ――してやられた。わざわざ透明マントを着せたのも、フレッド達に本当に森に入れると信じ込ませる為の目眩ましに過ぎなかったのだろう。先生と、そしてテディが笑っている間、フレッドとジェームズはみじめな気分を味わっていた。それに付け加えて「どうせ俺を撒こうと考えとったのだろう、だから相子だ」とまで言われてしまっては立つ瀬がない。
「ま、損はさせん。お前さん達、もう透明マントを脱いでええぞ。ちょっと待っとれよ」
 辿り着いたのは森の手前にある小さな丘だった。木の柵が張り巡らされていて、ある種の牧場のようになっている。数分して、は戻ってきた。彼は一人ではなかった。

 三頭のヒッポグリフを前に、フレッドとジェームズは息を呑んだ。「どうだ、来て良かったろう」
 フレッド達の前に現れたヒッポグリフは、それぞれ違った毛並みの色をしていた。一頭は嵐の空のような灰色で、もう一頭は艶やかな栗毛だった。最後の一頭は炎のような鮮やかな赤毛で、フレッドは一目見てこのヒッポグリフを気に入った。
 先生はヒッポグリフの特性について簡単に説明し(絶対に侮辱してはならないことや、丁寧に接しなければならないこと等だ)、フレッド達を柵の中へ入れてくれた。既に、フレッド達の頭からは禁じられた森のことなど消えていた。「お前さん達がちゃんと礼儀正しくしとったなら、もしかすると背中へ乗せて飛んでくれるかもしれんぞ」
 我先にとお辞儀をするフレッドとジェームズを見て、とテディが小さな笑いを漏らしていた。