「、私と一緒に、ダンスパーティに行きましょうよ」 　スーザンがそう言った時、はただ黙ってこっくりと頷いた。 　そんな彼を見て、直前にスーザンをダンスパーティに誘っていたザカリアスも、暖炉前のソファに座ってチェスをしていたアーニーとジャスティンも、事の成り行きを見守ってくれていたハンナも、他のハッフルパフ生のみんなも、驚いたようにスーザンとを見た。皆、の反応に驚いていた。しかしながら、彼がダンスの相手を了承した事に一番驚いていたのは、何を隠そうスーザン自身だった。 「驚いたわ。って、ダンスが上手いのね」 　の手を取りながらそう言うと、彼は「別に」と小さな声を漏らし、何事も無かったかのようダンスを続けた。照れた様子もなく、からかい甲斐のない人だと内心で肩を竦めた。 「こういう事、興味なさそうだもの」 　スーザンがくすくすと笑ってみせれば、はいつもの顰め面の上に更に上書きして、眉根をきゅっと寄せた。その様子がいつも通りの彼らしくて、スーザンは再びくすくすと笑ってしまった。 　ホグワーツに来て四年目、初めて開かれたダンスパーティは、とても楽しいものだった。三大魔法学校対抗試合の生徒間の親睦の為と銘打たれたそのパーティに、生徒達は皆、とても満足しているようだった。あちらこちらに見える生徒の顔は、例外なく満面の笑みだ。妖女シスターズの奏でる数々の曲は人気のバンドだけあってとても心地の良い物だったし、屋敷しもべ妖精達の作る料理は普段よりも手が込んでいて、とても美味しかった。 　スーザンも、とても楽しんでいた。何せ、自分の手を引くのはなのだ。 　別に――別にが異性として好きだから踊って欲しかった訳ではなかった。ただ単に、誰とダンスをするかと考えた時、真っ先に浮かんだのが何故かだった。彼は無口だったが、決して性格が悪いわけじゃない。それに、あの鉄面皮がどんな風に女の子からのダンスの申し込みを断るのか、個人的に興味があったのだ。 　だがはスーザンの予想に反し、誘いを承諾した。いつもの顰めっ面のままで「イエス」と答えたに、スーザンは呆気に取られた。彼が頷くとは――ダンスなどに興味があるとは――思わなかった。驚きを通り越し、何故か笑いが込み上げてきた。それを抑え込む為にも、スーザンは「は？」と聞き返さなくてはならなかった。無論、は更に顰め面になった。 「……ジャスティン達が――」 　が唐突に口を開いた。今演奏されているのはとてもスローで静かな曲で、彼の低く小さな声も聞き逃すことはなかった。 「――女性に、恥をかかせる訳にはいかんと」 「あら」スーザンは目を瞬かせた。「それじゃ、練習したの？」 　は、すぐには答えなかった。「……男同士でな」 　間を空けて、顔を顰めながら答えるに、スーザンは再び笑ってしまった。几帳面なジャスティンが、彼にダンスを練習するよう言い聞かせる光景は、簡単に想像することができた。それに、確か彼らはアーニーとも同室だった筈だ。アーニーは完璧主義のきらいがあるし、はそりゃ、きっちりとダンスの作法を仕込まれたに違いない。 　同級生達が手に手を取ってダンスの練習しているのを想像すると、自然と笑みが零れた。そしてそんなスーザンを見て、も微かに笑った。 　不意に、スーザンはの顔がとても整っている事に気付いてしまった。年齢不相応に真っ白な髪の毛も、彼の右頬を抉っている古傷も、常にそうである顰め面も、彼をそうでなく見せる要素としては不十分だった――彼はハンサムなのだ。どうして、今まで気付かなかったのだろう。 　スーザンはの肩越しに、セドリック・ディゴリーをちらりと覗き見た。レイブンクローのチョウ・チャンと踊っている。 　ハッフルパフで一番のハンサムだと噂されているのは、誰あろうセドリックだった。クィディッチのキャプテンで監督生、おまけに三大魔法学校対抗試合の代表選手なのだから、人気があるのは当然だろう。特に代表選手に選ばれてからというもの、彼の人気は鰻登りだった。ただ、仮にそうでなかったとしても、セドリックが女の子達を夢中にさせないわけはない。彼はどこか人を安心させる雰囲気があるし、何よりハンサムだった。 　仮にがセドリックの様な好青年で、いつでもにこやかに笑っていたとしたら――間違いなく女の子にモテモテだっただろう。もしそうだったら、今と踊っているのはスーザンではなく、別の女の子だったかもしれなかった。は確かに無口だし、愛想の欠片もない。しかし、心根は優しい少年なのだ。 　常に顰め面をしている黙り屋は、珍しく笑顔を見せたものの、すぐにいつものようなむっつりとした表情に戻った。それが彼である筈なのに、それまでと同様に真っ直ぐに自分を見詰めてくるに、スーザンは何故か気恥ずかしさを覚えた。 　が笑ったのを見るのって、もしかして初めてかも。 　勿論、初めてである筈はなかった。ジャスティンと居る時の彼はいつもの顰め面ではないし、アーニー達が一緒に居る時は、彼らの冗談にわずかに口角を上げる事だってあった。スーザンだって、傍から見たことくらいある。 　自分に笑いかけるのが初めてなのだ――そう気付くと、スーザンは更に気恥ずかしくなってしまった。これからは、あまりの顔を見られないかもしれない。思わず彼の手を握る手に力を込めると、彼もまた優しく握り返した。 　スーザンの手に比べると、の手は大きく、そして男らしかった。筋骨隆々という訳ではないのに、その手はスーザンのそれとはやはり違う。固い手を握りながら、彼が普段振り回しているのは杖だけではないことを思い出した。杖だけでは出来ることのない、大きな肉刺が彼の手にはあった。 　鍬を振り下ろす時の力強さはなく、彼のリードはとても優しかった。 「……元気だな」がぼそりと言った。 　彼の視線の先を追うと、グリフィンドールのチェイサー、アンジェリーナ・ジョンソンと、同じくグリフィンドールのクィディッチ選手でビーターの、ウィーズリーの双子のどちらかが、激しいステップを踏んでいるのが目に付いた。短調の曲なのに、彼らは生き生きと楽しげだ。 「ほんとね。元気が有り余ってるって感じ」 「元気に越したことは……ないが、少し騒がしいな」 　煩わしそうに目を細めるに、スーザンは思わず顔を綻ばせた。こうやって迷惑そうな顔をしている方が、よほど彼らしかった。そんなスーザンの気持ちに気付いているのかいないのか、がちらりとスーザンを見る。 「……元気な方が好みか？」が聞いた。 　スーザンはがこれほど喋る人なのだとは知らなかった。踊っている最中、会話が途切れた事はほぼ無かったと言って良い。勿論、が黙り込む事も無い訳ではなかった。しかし、首肯なり何なり、必ず返事が返ってきた。「あいつ、話し掛けてやってもシカトばっかするんだ」と、前にザカリアスが言っているのを聞いたことがあったが、そんな様子はこれっぽっちも無かった。むしろ今、スーザンとの間では、普段よりも会話が成立している。もしかすると「黙り屋」などという綽名は全て嘘っぱちで、他の皆がスーザンを騙しているのではないか、そんな事まで考える始末だった。これがダンスパーティの魔力なのだろうか。 　――・も、パーティを楽しんでいるらしい。 　……好みか、とはどういう事だろう。スーザンは少しだけ考えた。喋り慣れていないらしい彼は、言葉が少し足りない。もっとも、困るほどではなかったが。 「そんなことはないわよ。静かに踊るのはとても素敵だもの」 　スーザンがそう答えると、はほっとしたように頬を緩ませた。 「なら良いんだ」 　俺はあんな風には踊れない、とか何とかぼそぼそと呟いたに、スーザンは再び笑った。 　曲が変わった。今度は、長調の陽気で明るい曲だ。休憩していたらしいペアも、どんどんダンスフロアにやってきた。さて、どうするべきだろう？　こういった行事が苦手そうななら、ダンスは一度踊れば十分という事だって有り得るに違いない。スーザンは、まだ彼と一緒に居たかった。ダンスをしている限り、隣に居られる――しかしながら、はまたしてもスーザンの予想を裏切った。ダンスに誘った時と同じように。 　口を開いたは、スーザンの目をまっすぐ見て、静かに言った。 「もう一曲、俺と踊って貰えるか？」 　――返事は決まってる。 「ええ、良いわ」スーザンはにっこりして、再びの手を握り返した。