年下の彼女


 最近、ジョージはに会っていなかった。会っているとはつまり、「恋人として」という意味だ。はジョージよりも二つ年下で、しかもハッフルパフ寮生だから、会えないことは当たり前の筈だった。二人の空き時間が被ることはほぼないし、違う寮となると簡単に顔を合わせられないからだ。それに、はクィディッチもやっていたから尚更だ。当たり前の筈なのだが、ほんの少し前までは、『ダンブルドア軍団』のおかげで、とは週に一度は必ず顔を合わせていた。
 しかしながら、DAを中止せざるを得なくなってからというもの、ジョージは彼女と少しも会わない日々が続いていた。せいぜい、廊下ですれ違う程度だろうか。今思えばDAは、実に有意義だった。もちろん防衛術に関してだけではなく。と会えるのが当たり前だったから、ここ数週間の生活が、ジョージには地味に辛かった。
 まったく、あのガマガエルは次から次へとジョージの楽しみを奪ってくれる。

 彼女と最後にまともに喋ったのはいつだっけ? ジョージは羽ペンをぶらぶら揺らしながら考えた。――一週間、下手したら十日前じゃないだろうか? まったくもってナンセンスだ。同じホグワーツで生活しているのに、会っていないなんて馬鹿げてる。恋人だというのに。
 とは昔からの仲だったが、付き合い始めたのは今学期が始まってからだった。彼女と過ごす時間が増えたおかげで、とうとう特別な仲になれたのだ。そういう点に限っては、ガマガエルババアことアンブリッジには感謝している。コガネムシの目玉ほどには。
 (自分がグリフィンドール以外の寮に属することは考えられないので)が同じ寮ならどれだけ良いかと、ジョージはしばしば考えるようになっていた。そうすれば好きな時に一緒に居られるだろうに。
 フレッドが着々と羊皮紙の空間を埋めている間、ジョージは手持無沙汰にそれを眺めているだけだった。とても集中できない。少しでも良いから、の声が聞きたい。彼女に触れたい。くだらない話で笑い合いたい。今ならレタス食い虫みたいなつまらない生き物だって、彼女と一緒に居られるなら喜んで世話をするだろう。しかし、NEWTの結果自体はどうだろうと知ったこっちゃないが、マクゴナガルは怖い。この課題のレポートを白紙のまま提出したらどうなるか、二人ともこの七年間の経験から、身を持って知っていた。
 談話室の片隅で、悪戯仕掛人の二人が羊皮紙とにらめっこしていても、誰も不思議そうにそれを見たりはしなかった。何故なら、それぞれが焦り始めているからだ。テストが始まる。普段なら勉強の「べ」の字も知らないといった風情の生徒も、今ばかりは必死に机に向かっている。もちろん悪戯ばかりしている七年生の双子だってそれは同じだ。仕掛け人が連日机に噛り付いていようと、誰も不思議には思わない。ジョージ達はNEWT試験を控えていた。もっとも、既に受けるつもりはなかったが。

 七年生のジョージにNEWTがあるように、五年生のにはOWLが待っている。既に受験自体をする気がないジョージと違い、は普通に試験を受ける筈だ。つまり、彼女は神経を擦り減らしながら勉強をしなければならないのだ。自分の経験上、それは嫌というほど解っている。普段のがどうだかは知らないが、今回ばかりは毎日遅くまで教科書やら参考書やらと向き合っているに違いない。
 頭では理解しているのだが、納得しきれない。
 会いたいなら、ハッフルパフ寮に潜り込めばいい。ジョージにとって、それは造作もないことだった。しかし、彼女の邪魔をしたいわけではなかった。今ではに会っていなさすぎて、時々見間違いまでするようになった。ほら、あそこに居る子なんかそっくりだ……髪の色なんか――。
「――!」ジョージは思わず叫んでいた。
 振り向いたは、ジョージに目を留めると、にやっと笑った。

 その女の子は間違いなくだった。二つ年下のハッフルパフ生で、俺の恋人――。ただ、首元に巻かれているのは紅と金色のグリフィンドールのネクタイだった。駆け寄ってきたはジョージに軽いキスを寄越すと、「会いに来ちゃった」といたずらに微笑んだ。
 どうやってグリフィンドール寮に来たんだ、誰かに見付かったりしなかったか、そもそも本物のなのか。尋ねたいことは色々あったが、真っ先に口から飛び出たのは「そのネクタイどうしたんだ」だった。我ながら実に間が抜けている。おそらく、もそう思ったに違いない。彼女はくすくすと笑い声を漏らした。
「ジニーが貸してくれたの」
 得意げにそう言ってみせると、妹のしてやったり顔が重なった。ジニーは良い意味でも悪い意味でもの影響を受けている。まあ、との仲を積極的に応援してくれていたので、そういう意味では有り難いのだが、兄としてはジニーがのように毎週擦り傷だらけになるのはよろしくない。最近のは、見掛けるたびに怪我を増やしていた。クィディッチが原因だとしたら、例え他に適任者が居ないのだとしても、兄としてもチームメイトとしても辞めさせるかもしれない。
 いつの間にか、双子の片割れが消えていた。おそらく部屋に戻ったのだろう。いつものことだ。近頃では、ジョージがが居る時に、フレッドが一緒に居ることは殆どなくなっていた。もっとも、フレッドが特別気を使ってくれているわけではない。曰く、「自分と同じ顔がまったくの腑抜けになってるところなんか、見たくないからな」だそうだ。ジョージ自身は「まったくの腑抜け」顔をしているつもりはないので、甚だ遺憾だった。もっとも感謝はしているが。
 無言の視線を受けて、ジョージはやっと、「赤も似合うじゃないか」と絞り出した。最高のタイミングではなかったが、は嬉しそうに顔を綻ばせた。


「いきなり来ちゃってごめんなさい。迷惑をかけるつもりじゃなかったのよ」
 突然にグリフィンドールの談話室に現れたは、ジョージの隣に腰を下ろしてからというものずっとお喋りを続けていたのだが、ふと我に返ったようにそうぽつりと言った。彼女が言いたいのはおそらく、ジョージの右手が微動だにしていないことだろう。羊皮紙は未だに余白が目立つ。元からまともに取り組んでいたわけではないのだが、しょげ切った彼女を見ると、自然と口が開かなかった。「ごめんなさいね」と言うは、不思議とらしくなかった。はっきりとした理由は解らないが、釈然としない。
「そんな事、俺が気にすると思ったのか?」
「んー」が微笑む。「二割くらいね」
 どうやら、彼女は自分と同じことを考えていたようだ。ジョージは笑った。

 私、寮に帰るわねと言ってにっこりしたは、やはり何故だからしくなかった。ネクタイが違うからだろうか? そんなわけはないと思いながらも、ジョージは何故だか違和感が拭えない。
「――
 今度は俺から会いに行くよと言うと、は嬉しそうに笑った。彼女の背を見送りながら、今ならまったくの腑抜け呼ばわりされても良いかもしれないなと、ジョージは密かにそう思った。