少年よ、大志を抱け クリスマスが近付いて来るに連れて、生徒達のソワソワは止まらなくなった。のようにダンスのパートナーが決まっている生徒も、そうでない生徒達も、皆一様に浮き足立っていた。は偶然にも、廊下でクラッブと出会い、端に寄って話し込んだ。彼は以前、ダンスなんて死んでもごめんだと言っていたのだが、それでもやはり今度のダンスパーティーは楽しみにしているようだった。妖女シスターズが来るらしい、とクラッブは言った。 「本当に? それどこ情報?」 「さあ……出所は知らないけど、スリザリンではみんな話してる。なあ、はもう決まったのか、パートナー?」 素直に頷くと、クラッブは項垂れた。を誘うつもりだったのに、と。まだパートナーが決まっていないんだそうだ。しかし彼はを好きだから誘いたかったわけではなく、単に仲の良い女子生徒が他に居ないかららしい。は思わず笑ってしまい、クラッブはむっつりと、幼馴染みの女の子を睨み付けた。 「いい気なもんだ。を相手に選ぶなんて……足が穴だらけになるんじゃないかな」 「失礼だなー。――ほら、ノットと行く事になったんだけど、彼ってどんな感じ?」 「ノット? セオドール・ノット?」クラッブは、不思議そうに聞き返した。 「あんまり話したことないな……そうか、それであいつ……」 クラッブはそう言ったきり、それ以上の事は言わなかった。二人は大広間に着く前で別れ、はハッフルパフの長テーブルに、クラッブはスリザリンのテーブルへと向かった。夕食の時間が始まったばかりでまだ人は少なく、は隅の方に座っていたザカリアスの隣に腰を下ろした。 彼はいつもなら「勝手に座るなよ!」とか勝手に怒り出したりするのに、今日に限って何も言わなかった。ザカリアスは隣に腰掛けたをちらりと見遣り、それから出し抜けに言った。 「なあ、どうやってダンスに誘えば良いんだ?」 「ええー?」はスクランブルエッグを取り分けながら、適当に聞き返した。 「どうやったら、パートナーになってくれるんだ?」 彼が心ここにあらずという感じだった。いつもの皮肉屋なザカリアスは、今は影を潜めているらしい。そういうお年頃か……と思えば笑えてきたが、彼が真剣に尋ねていたようだったので、は茶化さなかった。 「普通にお願いしたら良いんじゃない? 真面目に来られると女の子は弱いんだよ」 「……それが出来ないからこうして聞いてるんだろ! 頼りがいのない友達だな!」 ザカリアスはワーワーと喚き始めたが、は軽くフォークを振るだけに留めた。 「別にあたしに文句言うのは良いけどさあ、誘いたいなら早くした方が良いんじゃない? ハンナだって、後から言われるのと先に言われるのじゃ、感じ方が違うだろうし。それにアーニーも、ハンナを誘いたがってたし」 がそう言うと、ハンナの名を聞いて顔を赤らめたザカリアスは、アーニーも彼女を誘いたがっているのだと聞いて、顔を青くした。ハンナはまだ、確かにダンスのパートナーは決まっていなかった。しかしは(直接見たわけではないが)彼女が何度か誘われていた事を知っているし、アーニーがハンナとパーティーに行きたがっている事も知っていた。 噂をすれば影というもので、達が座っている所にハンナが駆けてきた。 「、どうしよう! ダンスに誘われちゃった!」 はにっこりして、「おめでとう!」と言った。その後、ちらりとザカリアスの方へと視線を走らせた。此方の様子を窺っていた彼は、スプーンを中途半端なところでピタリと止めていた。そんなザカリアスの事など、興奮しているハンナは気が付いてもいない。彼女は勢いよくの隣に座り込んだ。 「アーニーに誘われるなんて思ってもみなかったわ! だって、ほら、友達だし……」 「本当に? 何て返事をしたの?」が聞いた。 「うん、それでね……オッケーしたわ。全然知らない人と行くなんて考えられなかったし、アーニーは友達としてでも良いからって言ってくれたから」 はそっかと言いながら、反対側に座っていたザカリアスがすっと姿を消したのが解っていた。彼のグラスの中には、まだ半分以上のオレンジジュースが残っていたし、皿の上にもパンやらハムやらが乗ったままだった。それらもやがて、気付けば屋敷しもべ妖精達によって一瞬の内に片付けられた。 休暇に入るまでまだ日数はあったが、はそれからも何度かダンスに誘われた。クリスマスまで、つまりパーティーの日まで、二週間を切ったので、男の子達も焦り始めていたのだ。・を誘うだなんて正気だろうかと我ながら思いもしたが、どうやら彼らにとってしてみれば、女の子を連れてパーティーに行く事自体が、何かのステータスになっているようだ。本命の女の子に断られたからなのか、それとも元から誘いたい女の子が居なかったのかは別にして。勿論、はますます気を使ってマートルのトイレへと通うようになった。 見ず知らずの生徒の他にも、を誘う人は稀に居た。魔法薬学の授業中に、こっそりとアンソニーに誘われたし、薬草学の授業の後で、ハリーにもダンスに行かないかと誘われた。はハリーが視線を彷徨わせながら「少し話せないかな?」と声を掛けてきた時、思わず小さく噴き出してしまった。遠慮がちに寄ってきた彼を見て、ハンナ達がクスクスと笑いながら先に行ってしまった事も関係しているだろう。 がクスクス笑いを止められなかったので、ハリーは少しだけ不満げだった。 「ごめんね、何だって?」 「聞く気になってくれたみたいで良かったよ。僕とダンスパーティに行かない?」 改まった様子で彼がそう言ったので、は再び笑い出してしまいそうになった。しかしこれ以上笑うと、ハリーの機嫌を損ねてしまう事が解っていたので、ぐっと堪えた。多少頬がひくついているかもしれないが、そのくらいは彼だって許してくれるだろう。 「ごめんね、他に行く人居るから。っていうか、わざわざあたしを誘わなくたって、ハリーなら引く手数多じゃない? 一番最初に踊りたいって言ってる子は結構居るし……」 がそう言うと、ハリーはちらりと此方を見遣った。言っても良いのかどうか、少しだけ迷っていたようだが、結局を相手に気を遣う事が馬鹿らしくなってきたのか、ハリーがぼそぼそと言った。 「知らない女の子と踊るなんて無理だよ。もう一回ホーンテールと戦う方がマシだ。それに、もしそんな風に皆にジロジロ見られながら踊りたいなんていう子が居るんなら、権利を代わってもらいたいくらいだ」 「ホーンテール!」は再びクスクス笑いが止まらなくなった。 二人はそれから城の方へと向かい出した。少し離れた所で、ロンとハーマイオニーがハリーを待っていた。二人は何か言い合っていて、「だからもう相手が居るんだったら!」とか、「僕らに隠す必要なんてないだろ?」とか聞こえた。 「あの二人、何をあんなに言い合ってるの?」 「ハーマイオニーが、自分はもう他の人に誘われていて、その人とダンスに行くんだって言うんだ」 「へえー」は興味津々な声を出した。「誰?」 ハリーは肩を上下させてみせた。彼女は教えてくれないのだと。 「ほんとにハーマイオニーにパートナーが居ると思う?」ハリーが聞いた。 には彼が、ハーマイオニーに既に相手が居るのだという事に、半信半疑なのだと解った。 は歩き続けるだけで何も言わず、質問に答えなかった。何せ、の手元には有名プロクィディッチ選手の直筆のサインがあった。しかも名前入りで。がそれを朝食の席で受け取った時、周りにいたクィディッチ狂の生徒達がどれだけ羨ましそうにした事か。 ハーマイオニーが言っている事が強がりの産物だなんて思わなかったし、は彼女のダンスのお相手すら知っていた。しかしハーマイオニーが隠しているのなら、その相手がクラムかもしれないなんてが言う訳はないし、考えてみれば「もしかするとクラムかも」と言ってみたところで、ハリーは信じないだろう。もちろんロンも。突拍子もないことを言うのはの十八番だったし、プロのクィディッチ選手の名前をわざわざ持ち出すのは、格別のジョークに思えるだろう。しかも出来は悪いに違いない。 「ねえハリー、ホーンテールを間近で見てどうだった? ――セドにも聞きたいんだけど、ホラ、あの火傷でトラウマになってたら悪いし……ハリーはそれほど酷い目に遭ってないから平気だよね? ――それで、ねえ、どんなに格好良かった? ドラゴンに睨み付けられるのってどんな感じ?」 が目をキラキラさせて、矢継ぎ早にそう尋ねたのを見て、ハリーはやっと、がドラゴンが大好きな変わった女の子だという事を思い出したらしい。暫く呆気にとられていたものの、やがてプッと笑い出し、「そうだな、トカゲの化け物みたいだった。格好良かったかっていうと、確かにすっごく凶暴そうで格好良いと言えない事もなかったけど、僕はずっと、夜のメインディッシュがハリーの丸焼きにならないかって心配してたよ」と言った。二人はドラゴンについて喋り合いながらロンとハーマイオニーの所まで行き、それからも城に着くまでずっと、ドラゴンについての談義を交わしていた。どうやらハリーからしてみれば、が持つハグリッド並みのドラゴンへの情熱は、理解しがたいものらしかった。 前へ 戻る 次へ |