再びホグワーツ特急に乗って 城に戻ったを迎えたのは、ハンナだった。偶然なのかそうでないのか、を見つけたらしい彼女は一直線に此方へとやってきた。も同じように、彼女の元へと向かう。 「! もう退院して大丈夫なの?」 「んー……まあね。ハンナはこんな所で何をしてるの?」 が尋ねると、彼女は少し視線を逸らし、それからを見据えて言った。 「貴方を待っていたのよ」 どうやら、が偶々吸魂鬼に襲われ、医務室にまたも入院したという話は、ハッフルパフ中に広まっているらしい。もしかしたら学校中に知れ渡っているかもしれないとも思ったが、どうやらルーピン先生のスキャンダルによって、が消灯時間を過ぎた時間帯にディメンターに襲われたのだという事は、他の寮にはそれほど広がっていないようだ。 ハンナと二人、ホグズミードの街中を歩きながら、は思いっきりホグズミード休暇を満喫した。は確かに以前、ホグズミードにこっそりと来た事はあったが、ハンナと一緒に来たのは初めてで、雑踏の中も、吸魂鬼のパトロールを知らせていたボロボロの張り紙も、裏通りの枯れたパブも、どれも素晴らしい物に見えた。どんなに人で溢れかえっていても、全く気にならなかった。 昼飯を食べ終えた頃になると、流石にまずいかなという気はしていたのだが、はやはりホグワーツには帰らず、ハンナと一緒にあっちへこっちへとショッピングや観光を楽しんだ。二人が城に戻ったのは、夕食の時間が始まる頃だった。 ホグズミードに居る時も、ホグズミードから帰ってくる時も、とハンナはずっとぺちゃくちゃとお喋りをしていたのだが、玄関扉を開けた後、急にの口は魔法で接着されてしまったかのようになってしまった。ハンナは不思議そうな顔をして、の視線の先を追い、その後程ではないものの目を見開いた。大広間へと続くドアの前で、マダム・ポンフリーがをしっかりと睨み付け、仁王立ちをして待っていた。 呆れたような表情のハンナに見送られ、医務室へ行く傍ら生徒達にひそひそと小声で指を指された。医務室に着くなり、マダム・ポンフリーはへとねちねちお説教をした。は神妙にして聞いていたが、昨日今日と併せても、一番辛い時間だったのは確かだ。チョコレート拒絶症になりそうだったは、やっと翌日に退院する事ができた。 それから数週間の後、学期が終わる日にテストの結果が発表された。あれだけ勉強を頑張っていたハンナは勿論良い成績を修めていたし、ハッフルパフで言えば、アーニーがなかなかの点数を取っていた。はなんとか、全ての科目で可を取る事ができた。呪文学も、魔法史も、魔法薬学も、あれだけでっち上げた占い学も、ぎりぎりで合格だ。 は向こうの方でルーナらしきダークブロンドが上へ下へと跳ねているのを見ながら(おそらく、背が届かない為に表を見る事ができないのだろう)、ほっと胸をなで下ろした。 「百点満点中、三百二十点……」 「凄いわね……」 とハンナは、しみじみとそう呟いた。ハーマイオニーのマグル学の点数だ。二番手に就いているアーニーと、百点以上の差がついている。もっとも、そのアーニーだって満点を越えるという摩訶不思議な点数を叩き出している。 「人のばかり見ていないで、自分の物もよく見たらどうなんだ?」 偶然隣に立っていたらしい、ノットがにそう言った。彼が顎で指し示した方にあったのは、変身術の成績表だ。はつい下の方からそれを目で追っていたが、考え直して一番上の所を見た。一番上には確かにハーマイオニーの名前が乗っていたが、その少し下に、の名が書いてあった。よくよく探してみると、魔法生物飼育学は正真正銘・が一番を取っていたし、驚いた事に闇の魔術に対する防衛術でもは上位に位置していた。防衛術の成績を見て、もしかするとルーピン先生があの時のパトローナスを点数に上乗せしてくれたんじゃないか、と思わずにはいられなかった。 「さっすがあたしね」はふざけてそう言った。 ノットは腹立たしそうにするでも悔しそうにするでもなく、少しだけ眉を下げてみせた。はそのまま立ち去った彼を、何も言わずに見送った。 紅と金色に彩られた大広間で、年度末のパーティーが盛大に開かれた。豪勢なご馳走が並べられる前に、寮杯対抗の最終スコアがダンブルドアの口から告げられた。四位がハッフルパフで、三六五点。三位のレイブンクローは四○九点、二位のスリザリンが四二一点。 「――そして一位はグリフィンドール、四三八点」 隣のテーブルから、うわっと歓声が上がった。大広間中から拍手が送られ、も精一杯手を叩いた。少し見回した限りでは、ザカリアスを始め何人かが不満そうにしていたものの、それでもパチパチと拍手をしていた。グリフィンドール生の足踏みや、ゴブレッドを叩く音が鳴り止むまで暫く掛かった。 「皆、よくやった」ダンブルドアが言った。「わしは諸君らの事を、誇りに思っておる」 次の日、寮は空っぽとなり、生徒達は忙しなく朝食を掻き込み、バタバタと廊下を駆け回った。玄関ホールは人でごった返していて、身動きすら取れない状態だった。はそんなに混んでいるのかと訝しんだが、混雑の理由はすぐに解った。 「ああ、なーんて可愛らしい坊ちゃん達! さあピーブズと一緒にお別れの挨拶をしよう!」 外へと続く扉の前で、ピーブズがげらげらと大笑いしていた。彼は手に一杯の糞爆弾を抱えており、下を通ろうとした生徒に投げ付けていた。ピーブズ!とレイブンクローの監督生が怒鳴っていたが、ピーブズは少しも気に留めていないようだ。彼をどうする事も出来ないので、大勢の生徒達がそこで立ち往生していたのだ。 ちょうど大理石の階段の真ん中辺りで立ち止まっていたは、まっすぐとピーブズを目視する事ができていた。 「ピーブズ! あたしからもお別れの挨拶をあげるわ!」 がそう大声で言うと、ピーブズが此方を見た。そして此処にいるのがだと解ると、一瞬の空白の後にニタリと笑った。ハンナを含め、周りの生徒達は心配そうに此方を見たが、は気にせず杖を抜き、ピーブズに向かって武装解除の呪文を唱えた。 元々実体のないポルターガイストだ。解除される武装など何もない。エクスペリアームスの呪文の光線を直に受けてしまったピーブズは勢いよく吹き飛ばされ、校舎の壁にぶつかる事なく擦り抜けて、そのまま消えていった。ワッと拍手が起こり、ウィーズリーの双子が揃って口笛を吹いた。 はあの時、何故血みどろ男爵が現れたのか、何故が箒置き場に閉じ込められていた事がピーブズのせいになったのか、結局その理由を知る事はできなかった。一度、男爵を差し向けたのはルーピンではないかと思ったのだが、尋ねてみても先生はピーブズの件すら知らなかった。真相は闇の中だ。 「ああホント、連中も一つ良いことをしてくれたかもね」 ピーブズがフェードアウトした方を見ながら一人そう言うと、ハンナは首を傾げた。 セストラルの引く馬車に揺られながら、達は他愛のない話に花を咲かせていた。とハンナ、それからスーザンに、アーニーとジャスティン。いつものメンバーだ。必ずしも一緒に居るわけではないのに、こうした時はいつも揃ってしまう。今年ホグワーツに来た時もそうだったな、とは思い出した。 「あら、見て!」 スーザンが指し示した方を、皆が揃って見た。丁度、ホグワーツの門を潜り抜けるところだった。羽の生えたイボイノシシの像が二つ並び、校章が刻まれている――眠れるドラゴンをくすぐるべからず。 「吸魂鬼が居なくなってくれて良かったわ」ハンナがそう言うと、全員が頷いた。 学期の始まりの時、確かにあそこに吸魂鬼が立っていた。シリウス・ブラックへの警戒の為にだ。勿論外を歩いて確かめたわけではないが、この一年の間、学校の敷地の境界線の所にはいつも何人ものディメンターが配置されていた。しかし今では、吸魂鬼は全員アズカバンへと送り返されている。 「ブラックはどこへ行ったんだろう」 「やっぱり、イギリスからもっと離れた所へだと思うわ」 「ホグワーツに手が出せない事が解ったんでしょうよ」 実際、シリウス・ブラックが逃亡したその次の日から、ホグワーツ中でありとあらゆる憶測が流れていた。は何故ブラックが急に居なくなってしまったのか、その理由を知らなかったが、校内で流れている彼についての噂の、そのどれもが違うんじゃないかと思っていた。何せ、ブラックが自分達の知らないような凶悪な闇の魔術を使うだとか、血も涙もない極悪人なのだとか、ブラック本人がそうではないと知っているからだ。 はブラックの事を考える時、同じようにピーター・ペティグリューについても考えたが、結局埒が明かなかった。例えがペティグリューらしき鼠を見つけたとしても、ブラックが消えてしまった為に、どうする事もできないから、考えるだけ無駄だった。 ブラックについての談義は、結局ホグワーツは誰も手が出せない所なのだという結論に収まったように思えた。 「はどう思う?」アーニーが言った。 「さあ……案外身近な所に隠れてたりしてね――鶏小屋とか」 に尋ねたアーニーを始め、皆が不思議そうな顔をしてを見た。意味が解らないとでも言いたげだ。ブラックが鶏肉が好きらしいと知っているのも、やはりこの中で一人だけだった。 馬無しの馬車はやがてホグズミード駅に辿り着き、ホグワーツ特急はキングズ・クロス駅に到着した。仕事が立て込んでいるとかで、自分の保護者が駅まで迎えに来られない事をは事前に知っていた。友達に手を振って見送ってから、人が少なくなるのを待ち、それから鳥籠を抱えトランクを引いて、ロンドンの街へと歩き出した。 前へ 戻る |