犬の次は おまえさん、また何か構っちょるんか? 野生の犬だってんなら、噛まれんよう気を付けろよ、とそう言って、ハグリッドはの頭をポンポンと叩き(一瞬、本気で背が縮むかと思った)、ファングの夕食を分けてくれた。 禁じられた森の端で出会った黒い犬が、の運んでくる食べ物に口を付けるようになるのに数日掛かったが、それから毎日、その黒犬に餌を運んでやるのがの日課に加わった。 勿論、クィディッチの練習もの欠かさず続けられている。週に二回か、三回あるクィディッチの練習は一度有るだけで、他に何もしたくないぐらい疲れてしまうほど厳しかった。しかし、クアッフルがゴールに決まる確率が高くなってきていたり、ブラッジャーの攻撃をすれすれでかわしたりと、少しずつ上手くなっていると実感する。まともにプレイができるようになると、それはもうとても嬉しくて、クィディッチの練習自体はとても楽しいものだった。 そんな訳で、は黒い犬を見つけてしまったおかげで、どんどん自由な時間が減っていたのだった。 薬草学の授業が終わり(今日は花咲か豆についての復習の授業だった。花咲か豆はピンク色のさやの中に入っている豆で、小さな刺激を受けるとパッとそれだけで花を咲かせる、非常に愉快な植物だ)、ホグズミード行きの許可証をスプラウト先生に提出した後、はハーマイオニー・グレンジャーに誘われ、久しぶりに図書室に向かっていた。 「え、ハーマイオニーのだったの、その子?」 が思わず聞くと、ハーマイオニーは「そうよ」と言って、胸に抱えていたその子を抱え直した――オレンジ色の毛をした、鼻面の潰れた猫だ。 はその猫の存在だけは、以前から知っていた。今年から、ホグワーツの端々で見掛けるようになった猫だ。それこそ、城の廊下や屋外の禁じられた森の入口付近でやら、様々だ。首輪を付けていなかったので、誰のものかは解らなかったが、ハッフルパフ生の誰かの猫ではない事は確かだった。てっきり一年生の飼い猫だと思っていたのだが、どうやらそれは違ったらしく、抱いているハーマイオニーに何の抵抗もしない猫は、まさしく彼女の猫らしい。 今まで何度が構おうとして呼んでも嫌そうに避けていった猫が、こうして(渋々といった様子ではあるが)ハーマイオニーの手の中に居るというのは、不思議な気持ちだった。 図書室に向かう途中、廊下の端を歩いていたクルックシャンクスを見て、が「ねえ、あの猫って誰のだと思う? やけにふてぶてしくて、あたし結構気に入ってるんだけど」とハーマイオニーに聞いたところ、彼女は何も言わずに猫を呼び、そして何も言わずこうして抱え上げたのだ。 「ね、、可愛いでしょう?」 そうかな――は言葉を飲み込んだ。愛嬌はあると思うが、決して一般的な『可愛い』には当て嵌まらない気がする。こんなに誇らしそうなハーマイオニーを見るのは初めてだった。彼女はとても勉強ができるのに、先生に褒められた時だとか以上に自慢げだ。オレンジの毛玉――もといクルックシャンクスを抱き締めたハーマイオニーは、何と言えば良いのか、とても良い笑顔で、肯定せざるを得なかった。 「うん……そうだね」 「でしょう? そう、ならそう言ってくれると思ってたの! みんなこの子の魅力が解らないんだから」 苦笑混じりにが言うと、ハーマイオニーは笑顔満面になり、勢いよくそう言った。 「確かにそりゃ、多少がに股気味かもしれないけど、そこが可愛いのよ。ちょっと顔が気難しそうに見えるけど、そこがまた賢そうでしょう? それにこの子、本当にすっごく賢いの。私の言うこと、殆ど解るみたいなのよ」 「ふうん、そうなの」 クルックシャンクスを可愛いと言う人間がよっぽど居なかったのか、ハーマイオニーはが適当に返事をしても怒らなかった。むしろ、気付いていなかった。隣を歩くハーマイオニーと、その腕に抱かれているクルックシャンクスを見ながら、はハグリッドがファングの餌を分けてくれた時の事をふと思い出した。 おまえさん、気を付けろよ。ペットの事になると皆、ちいと馬鹿になるからな。 「ロンったらひどいのよ。この子が猫だって解ってるのに、ちょっと間違えてスキャバーズを追い掛けただけで怒るんだから」 スキャバーズとはロンの飼いネズミで、いつでもグウタラ寝ているお間抜けなペットの事だ。 ――そりゃ、怒る方が正しいと思う……、とは口を挟まなかったが、素直にそう思った。彼女の話では、スキャバーズを捕まえる寸前で、クルックシャンクスの暴走を止める事ができたそうだ。しかし、もしクルックシャンクスがスキャバーズを捕まえていたら、その場か、もしくは他の場所で、ムシャムシャと食べられてしまっていたに違いない。 だから、お互いのペットの事でちょっと喧嘩してるのよ、とハーマイオニーは言った。そして言いながら、の方をくるりと振り向いた。 「ねえ、聞いているの?」 「聞いてるよ」 適当に返事をしていたのがバレたのだろうか。しかしハーマイオニーはそれ以上何も言わず、話を変えた。 「は、今日は何をしに図書室に行くの? それとも私が誘ったから付いてきてくれただけで、何かあるわけではないの?」まさに彼女の言った通りだったので、は内心で少し驚いた。ハーマイオニーの観察眼ときたら、先生だってこうはいかない。 「まあ、どちらかと言えば後者かもしれないかな。でも最近図書室に行ってなかったから、久しぶりに行きたいっていうのはあって、だから平気だよ。図書室に着いてから読む本を探すわ」 「そうなの。――そうね、ったら最近、全然来ていなかったものね。前は毎日来てたのに」 「そうだっけ?」 「そうよ。そう言えば、あなたクィディッチの選手になったんですって?」 ジョージが言ってたの、とハーマイオニーは付け足した。さほどクィディッチに興味のないハーマイオニーまで、が選手に選ばれた事を知っているという事は、もうグリフィンドール生は全員知っているのかなとは思った。 は頷いた。するとハーマイオニーは、仕方ないのよねという風に首を振る。 「ハリーを見てるから知ってるもの。どうせ毎日練習してるんでしょう? 怪我だけは、しちゃ駄目よ」ハーマイオニーの母親のような口振りに、はプッと噴き出した。 「ありがと。でも毎日はしてないよ。うちのキャプテンはオリバー・ウッドぐらい熱血じゃないしね」 それから図書室に着くまで、とハーマイオニーはお喋りしっぱなしだった。は何度かすれ違う生徒とぶつかりそうになって、その都度ハーマイオニーに腕を引っ張られなければならなかった。 のクィディッチ練習の様子についてに始まり、普段の学校の授業の事、ハーマイオニーが夏休みに行ったというフランスの事、いよいよ始まるホグズミード休暇についての事(が行かない事にしていると言ったら、ハリーのみたいにサインを貰っていないわけではないんでしょう?と驚いた。どうやらハリーは許可証に保護者のサインを貰い損ねたらしい)、新しく来たルーピン先生の闇の魔術に対する防衛術の授業の事、魔法生物飼育学についての授業についての事やら、一杯だった。 実は全部の授業を取っているのだとハーマイオニーに打ち明けられて、は心底驚いた。彼女が授業の度、忙しそうにパンパンに膨らんだ鞄を持って歩き回っているのは知っていたけれど、まさか全十二科目の全てを取っているとは知らなかったのだ。一体どうやって全部の授業を受けているのかについては、ハーマイオニーははぐらかして教えてくれなかったが、それでも心の底から凄いなと思う。がその事を口にすると、彼女は照れたように小さく微笑んで「そんな事はないのよ、だって楽しいんだもの」と言った。 相手がハーマイオニーだからか、授業の話題が多かったようには思ったけれど、久しぶりの彼女とのお喋りは楽しかった。 「そういえばハーマイオニー、ハグリッドの授業でヒッポグリフをやったってホント?」 ヒッポグリフとは頭が鷲で、胴体が馬、そして鷲の前足と翼を持った、半鳥半馬の魔法生物の事だ。は実物を見た事は無かったが、どんな生物かは知っていた。『幻の動物とその生息地』に載っているし、ヒッポグリフをモチーフにした小説は数多くあるからだ。しかし、ホグワーツにヒッポグリフが居るとは知らなかった。 はグリフィンドールとスリザリンの合同だった魔法生物飼育学では、レタス食い虫でなくヒッポグリフを習ったのだと知っていた。ノットが以前教えてくれたのだ。しかしその彼自身が飼育学やその内容、そして起こった事について興味が無さそうだったので、ヒッポグリフ、最初の授業はすこし大変な事態になった、といった断片的な情報しかは知らなかった。 「ええ本当よ。ヒッポグリフが一番最初の授業だったの」 ハーマイオニーは頷くと、ヒッポグリフがどんなだったか、そしてその授業の時に何があったかをに教えてくれた。 ヒッポグリフはとても気高い生き物で、礼儀を弁えている者には乱暴をしないが、少しでも侮辱すればたちまち怒り出すという事。お辞儀をして、それが返されたら触っても良いという合図で、最初に皆の前でやってみせたハリーはお辞儀を返され、ヒッポグリフに跨って空まで飛んだという事。しかし授業の後半、あろう事かドラコ・マルフォイがバックビーク(ヒッポグリフの名前だ)を侮辱し、鉤爪に襲われて医務室へと運ばれていったという事。そのせいでハグリッドは自信をなくし、今はレタス食い虫ばかり授業で扱っているのだという事。 はグリフィンドールとスリザリンの一番最初の授業で、ヒッポグリフを習ったと聞いた時から何かがおかしいとは思っていた。ハッフルパフとレイブンクローの魔法生物飼育学は、最初からレタス食い虫だったからだ。 しかしハーマイオニーが詳しく話してくれたおかげで、その辺りの事情を知る事が出来た。が防衛術の授業で気絶して医務室に行き、少しの間入院していた時に会ったマルフォイがひどく怪我をして、そして妙にバツの悪そうにしていたわけと、そして此処最近は持ち直してきていたようだが、ハグリッドが元気を無くしていた理由もだ。 「大変だったんだね」 「ええ本当に。ハグリッドったらすっかりやる気をなくしちゃって。そりゃ、ヒッポグリフの授業が最高だったって訳じゃないけど、最悪の授業って訳でもなかったのに。今ではレタス食い虫ばっかりよ」ハーマイオニーは心配そうにそう言い、小さく溜息をついた。 「でも良かったんじゃない?」 がそう言うと、ハーマイオニーが不審そうにの方を見た。 「だって、ヒッポグリフをやったんでしょう? 授業で。羨ましいったらないわ。あたしその事聞いた時、すっごく悔しかったんだから」 組み分けが悔やまれる……とがぶつぶつ言うと、ハーマイオニーは呆れた様な顔をして、それから小さく苦笑した。 「で、図書室の中ってペットオッケーだったっけ?」 「駄目に決まってるじゃない、ったら。さあクルックシャンクス、お散歩に行ってらっしゃい。夕食までには戻るのよ」 ハーマイオニーがそう言ってクルックシャンクスを腕から下ろした。するとオレンジ色のがに股猫は、これ幸いと歩き出し、達の方を振り向きもせずに姿を消した。 「ほら、言った通り、とっても賢いでしょう? それにあの子、ちゃんと戻ってくるんだから」 「ああ……うん、そうだね、賢いみたい」 たわしの様な尻尾が曲がり角から消えた時、ハーマイオニーが言った。とても得意げだ。はそれ以上、何も言わなかった。 前へ 戻る 次へ |