ハッフルパフの救世主


 真夜中に大宴会が開かれた後の数日間は、ハリー・ポッターを中心に、も含め事件に関わった皆は好奇の視線に晒される事になった。は遠慮無くじろじろと見られることに我慢ができなかったが、被害者だったジャスティン・フィンチ−フレッチリーは、同じようにじろじろされても全然気にしていないらしかった。彼の機嫌は、知り合ってからの二年間でもあまり見ないほどの最高の状態を、ここ数日の間常にキープしていた。普段は落ち着いているジャスティンが、医務室から解放された直後、に抱き付くぐらいに。
「そんな風に神経質にならなくたっていいんだよ、。この状況を楽しもうよ。それに君は、僕らと違って英雄じゃないか。ハッフルパフの救世主、だろう? ……ねえ、国際魔法使い機密保持法っていつ出来たんだっけ?」
「1692年」は無意識に答えていた。
 ジャスティンは頷きながら、が彼の為に取っていた授業のノートの羅列を再び目で追い掛けた。
「ねえ、あんたまでそうやってあたしを呼ぶの、やめてよ」
「ごめんごめん」ジャスティンは笑いながら言った。しかし彼の目は、ごめんと言っていなかった。


 ハッフルパフの救世主。にとっては不名誉な、他の友たちからすればとても栄誉なその綽名は、今では全校生徒が知っていた。とてもじゃないが、は「救世主」だなんて柄じゃないし、何より恥ずかしい。しかし、みんながのことをハッフルパフの救世主だなんて呼んでいる。彼らは皆面白がっているのだ、人の気も知らないで。そんな綽名がつけられたのは、結論から言えばダンブルドアのせいなのだった。

 あの日、はハリーとロンと共に二百点を貰ってしまった。こんなの、自分は何もしてないのにフェアじゃない。そう言い返そうとしたのに、ダンブルドアの笑顔に包まれて、は反論する事ができなかった。つまり、流されたのだ。二百点というのは膨大な点数だった。それこそ、最下位だったハッフルパフが、二位に浮上するぐらいに。
 はその事をもちろん言いふらしたりしなかったし、後でハリーとロンに聞いても、彼らも何も言わなかったと言うのだ。しかし次の日には、ホグワーツの殆どの生徒にばれていた。が特別功労賞を貰い、同時にハッフルパフに二百点を加算させた事が周りに知られてしまったという、事の起こりを教えてくれたのは『太った修道士』だった。

 修道士の話によると、学校に戻ってきたダンブルドアに何があったのかと校長室にある歴代の校長の肖像画達が問い掛け、彼はそれを事細かに話した事が原因だという。ダンブルドアは話の最後を、三人の生徒にその行いによってホグワーツ特別功労賞が与えられたと締めくくった。
 勿論、肖像画達はその生徒達が誰なのかと聞きたがったし、勿論ダンブルドアはそれがあのハリー・ポッターと友人のロナルド・ウィーズリー、そして彼らと同い年のだと教えた。がハッフルパフの生徒だと知った肖像画の主達は驚いたし、ハッフルパフ出身の校長達は大きな歓声を上げた。
 ハッフルパフ寮出身の魔法使いというのはパッとした功績もなく、二年生のハッフルパフの女の子が特別功労賞を貰ったなんていうのは、ハッフルパフ開設以来の快挙だったからだ。三人の生徒が女の子の命を救ったことに歴代校長達は祝福した。中でも一番舞い上がって喜んだのはハッフルパフ出身のデクスター・フォーテスキューで、彼はあちこちにその事、特に自寮であるハッフルパフの二年生、が、ハリー・ポッターとその友人と共にジニー・ウィーズリーを助けてホグワーツ特別功労賞を貰ったのだ触れ回った。太った修道士も彼に直接聞いたらしい。
 校長室に掛かっている校長達だって、ホグワーツ中の絵画の中を行ったり来たり出来る――これは、以前屋敷しもべ妖精が教えてくれた事だ。彼らは滅多な時じゃないと外には出てこないが、それは彼らが校長室に飾られているという事に対し誇りを持っているからであり、出てくることが出来ない訳ではないのだそうだ――。フォーテスキューが触れ回った、が特別功労賞を貰ったという事は、ホグワーツ中の肖像画達の中に広まり、ゴーストに広がり、そしてすぐに生徒の中に広まっていった。
 よりも五つも年上のハッフルパフのクィディッチキャプテンが、朝食の時に「君はハッフルパフの救世主だ!」と叫んで抱き付き、それが切っ掛けで聞きつけたフレッドとジョージが率先してを救世主だと称して触れ回ったので、の名前と共に、『ハッフルパフの救世主』などという奇妙な綽名は全生徒に広まってしまったのだった。

 確かにフォーテスキューが触れ回った事について、は止める権利を持っていない。しかし、ダンブルドアが詳しく話さなければ、救世主などと叫ばれる程にはならなかった筈なのだ。せめて名前を出さないでいてくれたら良かったのに。は安易に肖像画達に話したダンブルドアを恨んだし、数々の目線や冷やかしに堪えなければならなかった。
 を知る友人達はのことを口々に褒め称えるし、クィディッチキャプテンを筆頭に七年生達は飛び上がらんばかりに喜んだ――彼らの学年では、自分達がホグワーツに居た六年間でハッフルパフが最下位を脱したのは初めての事なのだそうだ。今ではを知らない生徒達でさえ、ハリー・ポッターと一緒にジニーを救った女の子として、ハッフルパフ寮二年生のの名前を知る事になってしまったのだ。
 は、確かに入学当初は『の』娘として、魔法省関係の職に就いている親の子ども達からは見られていた。しかしそんな色眼鏡は本物の『ハリー・ポッター』を前にして、すぐに消えてしまっていた。は注目される事に対して免疫を持っていなかった。
 フレッドとジョージに始まって、アーニーやスーザン、ハンナまでを救世主と呼んでからかったし、マルフォイやノットといった、がそこそこ仲良くしているスリザリン生達まで――無論、こちらはスリザリンを蹴落としたハッフルパフに対する皮肉も混じってはいるのだが――をからかった。普段ならに味方してくれるクラッブも、滅多に焦らないが焦っているのが珍しいらしく、助け船を出してくれはしなかった。彼らがを度々からかうおかげで、はブレーズ・ザビニやらパンジー・パーキンソンやらといった、顔ぐらいしか知らないスリザリンの同級生にまで笑われてしまった。おまけに、セドリックやアンソニーといった普段真面目な友達まで、「救世主なんだって?」と笑いながら聞いてくる始末だった。
 だからここ最近は、ジャスティンの機嫌の良さに反比例するようにの機嫌は悪かったし、行われた授業の殆どを寝て過ごしていた。

 唯一、ジニーと共に図書室に籠もる時間だけが、を癒してくれる数少ない時間だった。
 ジニーはあの日から、目に見えて明るくなった。どうやら此方が本当の彼女の姿らしい。いつでも浮かない顔をしていたのが嘘のようだ。燃えるような赤い髪を振りながら、快活に笑いユーモアに溢れるジニーが、は大好きになった。
 いつものようにが図書室でお決まりの席に座っているのを見つけたジニーはまず、ハリーとロンと一緒に自分を助けに来てくれてありがとう、とに言った。が何も言えないで居ると、ジニーは照れ臭そうに笑っていた。
 ジニーはのことを、救世主だなんて言ってからかったりはしなかった。彼女は一度だけ「救世主って格好いいわね」と言ったが、が嫌がるとそれ以上呼んだりしなかった。ただ、「には風雲児っていう方が似合うわ。フレッドとジョージがいつも言ってるもの」とだけ、くすくす笑いながら言った。
 ジニーが宿題をしている間もは本を読んでいたが、たまにジニーがわからない所があると、は彼女にその箇所を丁寧に教えた。ジニーが嬉しそうに「ありがとう」とにお礼を言っているのを見ると、何故だかとても嬉しくなった。ジニーみたいな妹がいたら楽しいだろうなとさえ、は思った。
「私、みたいなお姉ちゃんが居たらなって思うわ。私の家って、男兄弟しかいないんだもの。しかも私が一番下だから、お兄ちゃんばっかりよ。みたいにユーモアがわかって、優しいお姉ちゃんが居たら最高なのに」
 の心を読んだかのようなジニーのそんな言葉に、は嬉しくなって微笑んだ。


「あ、ねえ『信用ならないウグ』って誰だい?」ジャスティンが再びに聞いた。
「レプラコーンの金貨を魔法使い魔女らに流していて後にアズカバンに収監された小鬼」
 は再び無意識で答えながら、彼の問い掛けに対し眉を顰めた。「そんなの授業でやったっけ? 小鬼の反乱の所じゃないの?」
 が聞くと、ジャスティンは笑った。
「そうだよ。僕、は去年の試験で、変身術以外ガタガタだったと思っていたんだけど、実は魔法史も出来るんだね」
 ハハハと笑いながら、ジャスティンが言った。
「――ねえジャスティン。も」
 の隣にいたスーザンが突然、ジャスティンとに話し掛けた。彼女の方を向くと、スーザンは若干申し訳なさそうな顔をしていた。机の向こう側では、ハンナも同じような顔をして此方を見ている。
「勉強って大事よ。期末試験が無くなったとしても、大事なのは大事よ。でもね、朝食の時ぐらい遠慮してもらいたいんだけど」
 スーザンの言葉に、ジャスティンは愉快そうに笑った。
 そう言われてみれば、今は朝食の時間なのだった。の前にはすっかり冷めてしまったトーストが置いてあって、ジャスティンが矢継ぎ早に質問を繰り返してくるものだから、自分がマーマレードを塗る作業の途中だったという事も忘れていた。隣のグリフィンドールの長テーブルでパーバティとラベンダーが可笑しそうにくすくすと笑っている。
 は荒々しく、冷え切ったトーストにマーマレードを塗り付けた。


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