クリスマス休暇の始まり


 クリスマス休暇が始まると、それ以前は人で溢れかえって常に賑やかだったホグワーツは、急に生気が抜けてしまったかのように静かになった(城に生気が抜けたという表現は妙だけれども、ホグワーツの城は生きてるんじゃないかと思える時があるのだ)。ホグワーツを白く彩っている雪も、静寂で包み込むのに一役買っているのだろう。雪は音を吸収するのだ。
 一年の中で最も寂しく、最も静かな季節だが、はそれほど嫌いではなかった。
 ハッフルパフ寮には人が殆ど残っていなかった。NEWTを控えている七年生が何人か、監督生達が数人、他の学年の生徒がちらほらと居るだけだ。二年生は一人だけだった。きっと同級生のジャスティンが、スリザリンの継承者に襲われた事も関係しているに違いない。寂しいな、と少し思ったけれど、は一人で待つのには慣れていた。彼ら彼女らが帰ってくるのを待つとしよう。そうして、休暇中のお土産話をたくさん聞こう。は朝食を食べに大広間へと向かった。


 着いた大広間は、やはりいつもより人が居なかった。が住んでいる家の部屋を全て合わせたよりも広いのではないかと、そう思えてしまうぐらいホグワーツ城の大広間は広いのだが、更に広く感じられた。閑散としていて寒々しい。天井は鉛色、ちらちらと雪も舞っている。
 ハッフルパフの長テーブルに向かおうとすると、一番左端の、つまりグリフィンドールの長テーブルからに声が掛かった。
! こっちへいらっしゃいよ!」
 がそちらを向くと、ふさふさした栗色の髪の毛が目に着いた。

 は若干小走りでハーマイオニー・グレンジャーの元へと向かった。彼女の髪の毛は今日ももじゃもじゃだ。だって控えめではあるものの寝癖がついたままなのだから、人の事は言えないが。ハーマイオニーは図書館仲間であり、の初めてのグリフィンドールの友達だった。彼女は右隣の席を促し、もそれに従った。がすとんと腰を下ろすと、ハーマイオニーが口を開く。
「ハッフルパフの机で一人で食べるより、こっちで一緒に食べた方が楽しいでしょう?」
「ありがと、ハーマイオニー。NEWTでぴりぴりしてる七年生の間で食べるのかと思うと、憂鬱だったんだ」
 ハーマイオニーはそれを聞いて「まあ!」と声を上げた。やっぱり、めちゃくちゃ疲れる魔法テストって、このぐらいから勉強し始めないと追い付かないのね!とは彼女の言だ。とハーマイオニーは確かに読書好きという点で共通しているが、これだけは真似できない。は特に勉強が好きではなかったし、そもそも彼女の勉強好きは異常だ。がり勉だ。

 がハーマイオニーの言ったことにくすくすと笑っていると、丁度、自分の目の前に座っていた男の子の、燃えるような赤毛が目に入った。その左隣には、この間会ったばかりのくしゃくしゃの黒髪で、丸い眼鏡を掛けている男の子も居る。
「やあ」と、赤毛の男の子が控えめに、に声を掛けた。
「ハイ」もつられて、少々控えめに返事を返した。一瞬の間を置いたが、とロンは顔を見合わせてくすくすと笑った。
 くしゃくしゃの黒髪の男の子、ハリーが、ロンに驚いたように聞いた。
「君、と会った事があるの?」
「え、あー……ウンまあね」ロンは口を濁らせた。
っていうのか。よろしく。僕はロン・ウィーズリー」
「よろしく。あたしは。あなたのお兄さんとは知り合いだから、ロンって呼んでもいい?」
「ああ、勿論いいよ。でも兄貴の知り合いって、どの兄貴だい?」
 ロンの兄弟は全部で七人で、五人の兄がいるらしいという事をも知っていたので、ロンが『どの兄』だと聞いたのを、もちろん不思議がったりはしなかった。
「フレッドとジョージ」
「へえー。まさかパーシーでは無いだろうと思ったけどね」
 そう言って、ロンは再び笑った。
「パーシーも知り合いじゃないって訳じゃないよ? ただフレッドとジョージの方が、あたしは気が合うの」
「そりゃ、君はお堅いタイプに見えないもんな」
 どっちかと言えば双子の兄貴達に近い気がする……とロンは呟いた。その横で、ハリーが何かに気付いたように、頷いて同意した。はくっくと笑った。

 焼き立てのトーストにマーマレードを塗りながら、ハーマイオニーがどこか感心したようにに言った。
「ロンと知り合いだったなんて知らなかったわ。あなたって、本当に交友関係が広いのね」
「ああ、別に知り合いだったって訳じゃないよ、今まではね。去年ちょっと有っただけ。でも、顔と名前は知ってたよ。ほら、去年の学年末、ダンブルドアに見事なチェスだったって褒められてたでしょ? 違う?」
 がそう尋ねると、ロンは「あー」とか「うー」とか言いながら、顔を赤くした。耳先も少し赤い。偉ぶらないのは良いところだと言えるだろう。アーニーだったらきっとふんぞり返っただろうし、だってそういうフリはするかもしれない。
 釈然としない、そんな表情をしているハリーを見ながら、「あなたの事も前から知ってたよ、ハリー。ハグリッドが嬉しそうに、あなたがどれだけ偉大な事をしたのか教えてくれたからね」とは言った。それ以前から聞いてたしね、とも。ハリーはそれを聞いて、恥ずかしそうにしながらもはにかんで笑い、「ありがとう」とモゴモゴ言った。
 もっと前に聞きたかったのか、どこか急いたようにハーマイオニーがに問い掛けた。どう切り出せばよいのか解らなかったのかもしれない。
、あなたどうして家に帰らなかったの?」
「それね、あたしって二人暮らしなんだけど、同居人は家に帰らない事が多いんだよね。どうせクリスマス休暇の半分は家に居ないと思う。だから、帰るだけ無駄なんだ」
「そうなの……」
 ハーマイオニーが丁寧にイチゴジャムが塗ったパンや、ベーコンの付け合わせなんかをの皿にぽいぽいと盛ってくるので、は苦笑しながらそれらを受け取った。

「あれ、じゃないか」
 ハーマイオニーやハリー、ロンと一緒にクリスマスのプレゼントがどんなものが来るだろうと話していると、の後方から声が掛かった。が振り向くと、ロンと同じ、燃えるような赤毛で同じ顔をした二人組が目に入った。
「ややっ其処に居ますは我らが同志、ハッフルパフの悪戯っ子じゃないか」フレッドだ。
「へえ、、今日はハッフルパフのテーブルで食べてないんだな」とジョージ。
 ついでに、先程に声を掛けたのもジョージだ。
「ハッフルパフは我らがスリザリンの継承者様に怯えきっているようだな。猫の子一匹いやしない」
、君、家に帰らなくて良かったのかい?」
「……おい相棒、ちょっとは調子を合わせたらどうだ? それとも明日がクリスマスで浮かれて、ついにおかしくなったか?」
「何言っているんだジョージよ。僕はまともさ。大真面目だとも」
「そうそう、それで良いんだよフレッド」
「わかってるさ、相棒」赤毛の双子は顔を見合わし、同時ににやっと笑った。
 再三言うようだが、最後のはジョージだ。いつも通り息の合ったフレッドとジョージを見て、は笑った。

 が食事を続けようと前を向くと、ハーマイオニーやハリー、二人の兄弟であるロンまで訝しげな顔をして此方を見ていた。
「自称ジョージさん、がハッフルパフの何ですって?」
 何か言いたげな視線をから逸らしたハーマイオニーがフレッドにそう尋ねた。フレッドはニヤッとして言った。
「ハッフルパフ随一の悪戯っ子って言ったのさ、ハーマイオニー」
「そうそう。君は知らなかったのかもしれないけど、は結構な頻度で禁じられた森に入ってるんだぜ」
 ハーマイオニーがバッとの方を見た。「週に一回か、二回よ、ジョージ」と、は補足した。
 正直に言うと、は「禁じられた森」が大好きだったのだ。静かで広くて、それでいてたくさんの生物がいる。人を襲おうと待ちかまえている毒触手草や、誇り高いケンタウルス達や、満月の時にしか出会えない生き物達。前に一度だけ、一角獣にも遭遇した。あれほど美しい生き物もそうは居るまい。あそこ以上にを興奮させる場所なんて、他に思い付かなかった。
 ついでに、フレッドとジョージに出会ったのもあそこだ。二人は勿論、まだ一年生だっただって、その森が禁じられている事ぐらい百も承知だった。だからこそ、三人は意気投合した。もっとも、と彼らとでは森へ侵入する理由は違うのだが。
 ひえぇとフレッドが驚いたように声をあげた。
「まじかよ! 君、そんなに禁じられた森に入ってるのか?」
「ウワー……俺らも負けてられないぜ、フレッド」
 ぱくぱくと金魚の様に口を動かし、ハーマイオニーがの方を見ていた。
「あなた、一体どれだけ学校の規則を破っていると思ってるの?!」
「いやだなあハーマイオニー。規則って破る為にあるんだよ?」
 ハーマイオニー以外の四人はけらけらと笑った。


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